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シクロクロス全日本選手権2022-23

1月15日は、シクロクロス国内選手権の一日なのであった。この日、ベルギーで、オランダで、イギリスで、フランスで、真に強かった選手たちが両手を上げた。そして、日本でも。

これまで主に12月に開催されてきた全日本選手権が、今シーズンから1月中旬に変更され、世界各国と足並みを揃える形となった。栄光のチャンピオンジャージを狙う選手たちは、例年になく落ち着かない年末を過ごすことになっただろう。

U23のレースは、見るからに走れている柚木伸元(朝明高校)と鈴木来人の一騎打ちになった。エリートに加わっても互角以上の走りを見せる若者2名のスピードにただ息をのむばかりだが、沿道の誰かがぽつりと「ティボー・ネイスもこの世代だ」と口にする。同世代にすでに世界のトップ選手がいてもなんらおかしくないカテゴリーでもあることを再認識させられる。

それでも、2人の走り、とりわけ柚木伸元の攻め続ける走りには感銘を受けた。柚木は2月の世界選手権代表にすでに内定している。彼の目で見ると、世界選手権のサーキットはどう映るのだろうか。

前日の湿り気と、差し込んできた陽の光で少し生暖かいような、そんなU23の時間帯。高低差のある砂丘の上から撮ってみたものの、うまく伝わらない。写真の技術の問題はあるだろうが、Zonhovenはきっと信じられないような落差なのだろう。映像で見たって、あんなに伝わってくるもの。そして祖父江砂丘の下りを目の当たりにして、砂の下りというものがいかにテクニカルであるか、少しだけわかったような気がした。

一周目のこの時点で先頭を走っていたのは渡部春雅(明治大学)。それを追いかけるこの3人が、その後で表彰台を占める3人になった。昨年の土浦でスプリント勝負に敗れてから、この日先頭でフィニッシュを切るまで、小川咲絵(AX cyclocross team)にどれだけの鍛錬と克己があったのだろう。今シーズンはサーキットで最強の走りを見せていて、明らかに昨年よりも一段上のレベルに達していた。

追いすがった小林あか里(弱虫ペダルサイクリングチーム)もまた強かった。終盤にかけて差を縮める走りもあった。笑顔で立った表彰台を後にして、しばらく経った後の彼女の目は腫れているように見えた。年々強くなる彼女が、来年の選手権でどんな走りを見せるか早く見てみたい。

男子エリートのスタート前、各選手はアップに余念がない。宇都宮ブリッツェンのチームテントには人が集まっていたのと対象的に、弱虫ペダルサイクリングチームの織田聖は人目を避けるように、淡々とテントの影で一人でアップを続けていた。その表情を、フォトグラファーの父が一瞬だけ撮りに来た。どんな言葉をかけたのか、あるいはシャッターを切るだけで伝わるものがあるのかもしれない。

荻田晴はチームメカニックとして2023年から宇都宮ブリッツェンに加わった。新チームの初陣が、全日本選手権という大舞台だ。今年は沢田時が加わり、2名の優勝候補を擁するチームになったから、メカニックの重要性はさらに増す。プレッシャーも相当以上にかかるだろう。いま20歳の彼は、いつかはヨーロッパで、メカニックとしてやっていきたいという夢を持っている。それはこうしたプレッシャーの中で、仕事をしていくということでもある。

全日本選手権のスタートラインは特別なもの。ここに立つことが目標である者もいれば、ここに全人生が懸かる者もいる。

一周目から順当に先頭に立った織田聖が、先頭で入った祖父江砂丘の下りでクラッシュした。その間に後続の選手たちが彼を追い抜いていく。

数年前のマキノ高原、雪の全日本選手権U23で優勝候補筆頭に挙げられながらも雪に手を焼き崩れた姿が思い出されたが、この日の織田は別人だった。沢田が隣を抜けていっても、織田の表情は集中したまま。結局、ライバルたちの先行を許したのはこのタイミングだけだった。シーズン無敗、優勝して当然というプレッシャーの中で、ミスから立て直したそのメンタルは明らかな成熟を感じさせた。

関係者が優勝候補に挙げていた竹内遼(GHISALLO RACING)は序盤に落車に巻き込まれ、勝機を逸した。最後尾付近から追い上げたが、胸中に様々な思いが去来する中でよくも投げ出さずに走り続けたと思う。ひたむきな走りは、会場の多くの人たちの胸を打った。

ポディウムは物言わず主を待つ。

全日本選手権の夜に、滞在していた街のバーでこの写真を眺めていたら、これは何をしているんですか? とマスターに問いかけられた。「シクロクロスといって、真冬にやる自転車の障害物競走のようなもので……」という今まで何十回もしてきた説明を改めてしてみても、伝わった手応えはない。そりゃあそうだ、なんでったって自転車でわざわざ真冬に障害物競走をするのか、普通は理解ができないに決まっている。でも、どれだけ中毒性があり、どれだけここを走る選手たちが格好いいかは、伝わったものと信じている。……酔いにまかせて熱く力説したから。

この選手の走りにはいつも見惚れてしまう。砂の身のこなし、タイトターン、そして気迫ある表情。誰しもが竹之内悠に後ろから追ってこられたくないはずだ。チネリのシクロクロスバイクを格好いいと思った人は、今シーズン少なくないはず。言うまでもなく、自分はその一人。

広いコースだが、見通しがいい。選手たちは、お互いの位置関係を周回ごとに確認することになる。先の周回より離れたか、それとも詰まったか……。

今は少し違和感があるけれど、沢田時の赤いジャージ姿を、次の冬にはきっと見慣れているはず。

ディフェンディングチャンピオンの小坂光(宇都宮ブリッツェン)は、無事にフィニッシュしたことに安堵の笑みを浮かべた。望んだリザルトではなかっただろうが、ひと月前の怪我からよくぞここまで選手権に合わせてきたと思わせる。順位で計れない勝負も、全日本には無数にある。

歓喜の時、祝福の時。初戴冠の織田に温かな拍手と祝福が送られる。2010年代の、野辺山に端を発するシクロクロスブームでこの競技に魅了された関東のシクロクロッサーにとって、織田はアイコニックな存在でもある。類まれなテクニックを持つ脅威の少年は、年齢を重ねながら大人のカテゴリーを走ってきた。いったいのべ何人のシクロクロッサーを抜き去ってきたのだろうか。そして一度でも彼に抜かれたことのある大人は目を細めながら、少年の速さを称えるのだった。ジュニア、U23と日本一に輝き、3年目の挑戦で勝ち取ったエリートのタイトル。それはコース上で時間を共にしたことのある(多くは周回遅れにされた)人たちにとっても、誇らしいものでもあるのかもしれない。

関西ではそれはきっと沢田時であるし(高校生の彼のスピードに度肝を抜かれたものだ)、竹之内悠だったのかもしれない。他の地域にも、他の時代にも周りに愛されて見守られてきた選手がいることだろう。いま、未来に明るい期待をしてしまうのは、少年期の沢田や織田をほうふつとさせる選手たちがジュニア、U23に続々と集まっていること。新しくチャンピオンに輝いた織田と小川、そして続く世代の走りを見るとこの10年に人気を博した日本のシクロクロスが、ひとつ次の段階に進んだのではないか。そんなことを思う全日本選手権だった。すべての選手たち、彼らを支えた人たち、レースを作った人たち。全日本選手権が特別なのは、誰もがいつも以上に人生の主役を演じる舞台だからなのだろう。

All photos by Yufta Omata w/ RICOH GR IIIx
Text by Yufta Omata

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