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ミラノ〜サンレモ2023、5つの論点

モニュメントの名に相応しいレースとなったミラノ〜サンレモ2023。294kmのレースを5つの論点から振り返る。

1. ファンデルプールは力でねじ伏せたのではない

今大会前にはミラノ〜サンレモを「完走するのは最も簡単だが、勝利することは最も難しいレース」と評する言説が目立った。それはチプレッサからポッジオにかけての目まぐるしい展開と、テクニカルな下り、そして2kmほどの平坦路が織りなす予測不可能性に起因するが、単純に強いだけでは勝てないというのがこの言葉の核心だろう。昨年、チーム一丸となって総攻撃に打って出たポガチャルが決めきれず5位となったことは象徴的であった。

そして今年もこの言葉を確たるものにしたのはポガチャルだった。昨年同様に強力なチームメイトのアシストを受け(ティム・ウェレンスとマッテオ・トレンティンの走りは完璧に見えた)、満を持してアタックしたポガチャルだが今年も決めきれなかった。シーズンここまで敵なしの9勝。若きスロベニア人の勝ちパターンは強力なアタックをもって力でねじ伏せる展開。しかし、それでは勝てないのが、「勝利することは最も難しい」と言われる所以であろう。

勝利したファンデルプールの走りは、一見するとポガチャル以上に力でねじ伏せたという印象が強い。そしてそれこそがマチューの勝利スタイルである。だがフィニッシュ後のインタビューを聞くと、マチューはただ力で押し切ったわけではないことがわかる。

昨年モホリッチが世界を震撼させたポッジオのダウンヒルも、彼はリスクを取らずに下ったと語った。最後の平坦路も「後ろが追いついていることを想定して」スプリントできる脚を残しながら走っていたのだという。肉体的な限界近くのせめぎあいの中で、しかしマチューの頭の中には勝利への緻密なプランがあったことになる。昨年ロンドのフィニッシュラインでも見せたクレバーさと巧みなレース運びが、爆発的なアタックスタイルの裏に隠れたマチュー・ファンデルプールという選手の真価であることを、サンレモで再び示した格好だ。そしてこの意味で、ポガチャルにはまだ伸び代があるということにもなる。

2. もはやスプリンターズクラシックではない

かつてスプリンターのためのクラシックと称されたミラノ〜サンレモだが、もはやその面影は限りなく消滅している。最後の集団スプリントは2016年のアルノー・デマールまで遡る。そして今大会のスタートリストには、ティム・メルリールやファビオ・ヤコブセン、ディラン・フルーネウェーヘンといった世界屈指のスプリンターの名前はなく、「ピュアスプリンター」と呼べる選手(主観だが)で最上位は15位のフィリップセン、そして16位のユアンである。もはやスプリンターズクラシックではない。

しかしGCN+の解説で別府始氏が指摘したように、再びスプリンターのレースへと揺り戻しが来る可能性は大いにある。ピュアスプリンターを擁するチームが複数で集団を徹底的に、ある意味で協調しながらコントロールできれば、アタッカーを抑え込み集団スプリントに持ち込むことは可能かもしれない。

とはいえ、かつてはスプリント力のないパンチャーだからこそスプリンターチームも抑え込む理由はあったが、ポガチャルやワウト、マチューと言った昨今のエースたちはスプリント力も兼ね備えている。300kmを走りきった後の混戦のさなか、パワーがものをいうスプリント勝負で、彼らがピュアスプリンターをも凌駕しうるのだから、スプリンターチームにとっては頭が痛いところである。

今年の展開で考えても、仮にスプリンターチームが3つ4つ集まったとして、マチュー・ワウト・ポガチャル、そしてガンナの先行する4名をポッジオの後に吸収できたかといえば、NOであろう。ただし、今年に関して言えばトレンティンの中切れを誰かが埋めていれば、ユアンが勝つ可能性もあった。その意味では登れるスプリンターにチャンスはあるが、今度はチーム力が問題となる。(結果論であり空論でしかないが、ロットはドゥリーではなく登れる選手を連れてくるべきだった。ティム・ウェレンスがまだロットにいたら、最終局面はどうなっていただろう? あぁ空論)

それを鑑みると、チーム内にピュアスプリンターのフィリプセン、そして最終局面まで前に残ったクラーウアナスンを擁するアルペシン・ドゥクーニンクは完璧な布陣だったと言わざるを得ない。

3. モニュメントのモニュメントたる意味

やはりモニュメントは他のレースとは格が違う、と思わされる。前週のステージレースを走っていた選手たちが「来週の土曜日が大事だから」と屈託もなく語っていたり、TVのカバレッジもスタートからフィニッシュまで(!)あったりする。

様々な変化が求められるロードレースシーンにおいて、ツール・ド・フランスですら距離が短くなり、よりスペクタクルな、視聴者を飽きさせない趣向を年々凝らしていることを考えると、そうした世俗の変化と唯一無縁でいられるのがモニュメントである。むしろ、変わらないことの方に価値があるように思われる。

ミラノ〜サンレモは10年後も300kmのレースであろうし、100年後も300kmのレースであり続ける。そしてコメンテーターは、この大会の歴史、コース地域の紹介、今シーズンのこれまでのレース結果、出場選手の特質などを延々と6時間にわたり語るわけである。

変わらないからこそ、鮮明に浮かび上がるものもある。62年前、やはり独走でローマ通りのフィニッシュラインを先頭で切ったのはレイモン・プリドールだった。マチュー・ファンデルプールの祖父である。変わらないコースに、現代の私達は62年前のミラノ〜サンレモがどんなレースだったかを想像することができる。その勝利の価値も想像できる。

歴史が、モニュメントをモニュメントたらしめるのだ。

4. 機材は踊る

昨年世界を驚かせたモホリッチのドロッパーシートポストだが、その後プロトンで話題にのぼることはなかった。優位性もいろいろと語られていたが、結局はエアロ化が進むロードバイクに丸型のシートポストが適合しないというのが多数派とならなかった理由のようだ。とはいえ、今年もモホリッチがドロッパーを使用することについては多くの注目を集めた。むしろ、ディフェンディングチャンピオンに向けられた視線の多くは、ライダー自身よりもサドルの下に注がれていたようだった。次にモホリッチのドロッパーが話題になるのは、彼が使用を止めたときであろう。

ワウト・ファンアールトのフロントシングルギアも話題になった。かつてアクアブルースポートというチームが採用し、レースを戦ったフロントシングルはロードレースシーンでは日の目を見なくなった(チームの結果も不当に低く見えた)が、シクロクロスにフロントシングルを持ち込んだSRAMが今季からユンボ・ヴィスマをサポートしたことで新たに焦点が当てられることとなった。ワウト自身、この1月1日から機材変更に伴い、シクロクロスではシングルギアも試しており機材面での不安はないようだ。CXでは46Tを主に使用するが、ミラノ〜サンレモでは52Tに10-33Tというセットアップだったらしい。激坂の無いミラノ〜サンレモでは確かに合理的な選択と言える。ワウトの愛車CerveloのS5が重量のあるエアロバイクであることから、軽量化を狙ったものだろう。

ミラノ〜サンレモ3位という成績は、フロントシングルロードの歴史を塗り替えるに値する結果だろうか? 少なくとも、かつての汚名はそそいだと言えるだろうが、それでも多数派になることはなさそうだ。優勝してもなお定着しないドロッパーシートポストという前例もあることだから……。

5. 未来の勝者はすでにいる

スプリンターズクラシックではなくなってしまったミラノ〜サンレモについて、勝つことの最も難しいレースという共通認識が広まっていることは先に書いた。しかしそれは、誰が勝つかを予想するのが難しくなったことを意味しない。むしろ未来の勝者は予想しやすくなったのではないか。

270kmの長距離に労力を最小限に抑え、残り30kmからの高速の展開に対応できる位置取りと脚力を持ち、最後のセレクションに残れる選手というのは意外に多くないことがわかる。

アントニー・チュルジス、セーアン・クラーウアナスン、マッズ・ピーダスンの名前がこの先の優勝者リストに加わってもなんらおかしくない。ただし彼らが争うのは、当然のことながらガンナとポガチャルといった面々とである。


以上、ここまで5つの論点からミラノ〜サンレモを振り返ってみた。海外メディアでよく見る、レースの内容を振り返っての「5 talking point〜」とか「5 conclusions〜」のマネである。日本でも、レースを論じる言論空間が大手メディアにあっていいと思う。外国語含め客観的なレースレポートが巷に溢れる昨今だからこそ、どうレースを見たのかという主観的な見方を提示することで、観戦の楽しみを深められるとも思う。それができるのはJ SPORTSかcyclowiredかというところだが。

一通り書き終えたところで、海外メディアの同様の記事に目を通す。cyclingnewsは「Eight conclusions from an electrifying 2023 Milan-San Remo」と題してこのレースから8つの結論を導き出していた。

  • ずっと変わらないミラノ〜サンレモ
  • MDVPのマジックナンバー
  • ストラーデ前0勝からの大成功
  • またも仇となったポガチャルの積極性

……といった見出しが踊る。

また、少し毛色は違うが同様の趣旨でVelonewsが今大会の話題を「スクラップブック」と題した記事に掲載している。そこでの見出しは、

  • ポッジオ歴代最速記録をマーク
  • 偉大さの門前に立つニールソン・パウレス
  • サイクリング界最高のミームが生まれる

といったものだ。論点というよりもトピック集だが、だからこそ面白く読める内容のものが他にもたくさん挙げられていた。


ニュースレターでこれら記事との比較・考察

3月22日(水)に配信予定のニュースレターでは、これら海外メディアの論点とその内容を深堀りして、先に挙げた5つの論点と比較対照しながらミラノ〜サンレモ2023の「結論」を探ります。3月22日(水)PM12:00までに登録いただければ受信ボックスに届きますので、ぜひ下記リンクからご購読ください。

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