※日本語でのほぼ全文書き起こしは下記にあります。
人文系サイクリングニュースレターArenbergがお届けするポッドキャスト。今回のゲストはオランダ人の元プロシクロクロス選手、ゴセ・ファンデルメールさんです。昨年に日本に長期滞在し、シクロクロスレースを転戦。日本でもお馴染みの選手となり、今年は3週間ほどの短期滞在でやはり関西シクロクロスを転戦しました。マチュー・ファンデルプールと同年代、ジュニアの頃から一緒にレースしてきたという彼に、ヨーロッパのトップシクロクロスシーンの実際、プロ選手として生きること、そして世界選手権が行われるオランダ・フルストのコースについて聞きました。聞き手はArenberg主筆の小俣雄風太です。収録は大阪・堺の前田製菓本社で行われました。

ゲスト:ゴセ・ファンデルメール
オランダ・フリースラント州出身の30歳。ジュニア時代からプロを志し、MTB、シクロクロス、ロードでプロ選手になる。シクロクロス選手としてはU23のX2Oトロフェー総合3位、2019年オランダ選手権7位など。オランダ・ベルギーから離れた国のシリーズ戦を転戦したり、ビッグチームではなく個人スポンサーを集めてのレース活動をしたりとユニークなキャリアを歩んだ。2024-25シーズンは日本に長期滞在し、シクロクロスレースを転戦。プロ選手としてのキャリアを日本で一段落した。今年は関西シクロクロスを2戦走った。Instagram: @gossinki
Arenberg Podcast#20 オランダ人元プロ選手が語るシクロクロスの実際 ゴセ・ファンデルメール
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プロ選手を引退してみて
Inside the Veneto Trail: From Pro to Slow
BOMBTRACKというブランドとの付き合い
シクロクロスプロチームとの契約の実際
ライダーはある意味個人事業主
ユンボでバイト
賞金の稼ぎ方
テレビに映る秒数
ロケットスタートでプロ契約を得た選手
「第3国」のシリーズ戦に活路
チェコのシクロクロス人気
いつでもトイレが映り込むレース
アダム・トゥパリーク
イタリアではサイクリングは宗教
エリ・イゼルビットという選手
選手層が厚すぎる「マチュー世代」
オランダ女子強さの秘訣
フルストのコース解題
AJOCCの好記事「あの日のキッズ・ユースライダーたちが、世界へ」
シクロクロス東京でお待ちしています
自転車セミナーで講師をします「自転車ロードレースはどう書かれてきたか~ロードレースを巡るナラティブを考える~」
ここから書き起こし
小俣 今年の日本での旅はいかがでしたか?
ゴセ・ファンデルメール(以下ゴセ) ええ、今回はとても良かったです。今は寒波が日本を襲ってるけど、それでもまた久しぶりにみんなに会えて本当に良かったよ。戻ってこられてすごく嬉しいよ。
小俣去年は日本中をたくさん旅しましたが、今回の旅では何か変化を感じましたか? サイクリングや人生に対する考え方や姿勢など。
ゴセ ええ、一番の変化は、日本での最後のシーズンを終えてプロサイクリストを引退したことだね。以前は毎日トレーニングや食事の全てが、レースや体調に良いか悪いかを考えなきゃいけなかったけど、今は新しいキャリアを始めたので、日本に戻ってこられて本当に嬉しかったし、ずっとリラックスできた。レースへのプレッシャーもそれほどなく、ただ楽しむという全く違うアプローチができた。それに、もっと色んな食べ物にも挑戦してみたよ。レース前はいつも同じものを食べるのが重要だけど、俺は本当に様々な食べ物を試すのが好きなんだ。だから今年の日本では、ちょっとだけ冒険してみた。ヨーロッパ人の胃袋はわさびに弱いけど、今は様々なものを試して本当に楽しんでいます。
小俣 今年は関西シクロクロスの希望ヶ丘と、この収録の前日にはマイアミビーチにも出場しています。それぞれ48位と12位という結果ですが、このポジションでのレースは、これまでとは全く異なる光景を見ることになったのではないでしょうか?
ゴセ もちろんそうだね。関西のレースはすごく素敵だし、ライダーも多い大きなシリーズだけどもうポイントも残ってないので、スタート番号も後ろの方。最後尾からスタートした。特に最初の希望が丘はシングルトラックで追い抜きがすごく難しく、順位を上げにくいコースなんだ。日本で何度もレースして、たくさんの友達もできた。だからね、本当に全員を抜こうとしたら、いわゆる少し危険な動きをしたり、コーナーで誰かをブロックしたりしないとダメなんだ。でも俺は集団の後ろの方にいるから、日本の友達を全員残して、20位以上順位を上げたんだ。先日のマイアミはすごく寒くて、泥だらけで砂地だった。でも周回距離が長いから追い抜きやすいんだ。プロで11年走ってきたから砂地や滑りやすい路面での走り方も分かってる。だから追い抜くのはずっと楽なんだ。でも今回はスタート番号が78で、本当にたくさんのライダーが前にいたんだ。最初の数周は周りがすごく混み合っていて、砂地を走るのは非常に困難だった。だから最初の1~3周は何度も何度もランニングさせられた。優勝したタツウミ(副島達海)のように、トップライダーたちは砂セクション全体を自転車に乗ったまま走破できるから、2周後には差があまりにも大きくなりすぎてしまい、追いつくのは困難だった。でも本当に本当に楽しかった。
小俣 足の調子はどうでした?
ゴセ 昨夏はレースをあまり走らなかったから最初のレースは少し辛かった。コースが滑りやすくなってからは、脚の調子も良くなってきたね。
小俣 プロ選手からは引退した? ということでいいんですかね?
ゴセ ええ、多くの人は知らないと思う。あまりニュースに出さなかったからね。公式な最後のレースは去年のウドンクロス(さぬきシクロクロス善通寺大会)だったと思う。大きなレースじゃないけど、俺にとっては大事な思い出だね。でも、正式に引退したわけじゃないんだ。レースやイベントは本当に好きだからね。でも毎日トレーニングしなきゃいけないし、少なくともヨーロッパでそこそこのレベルを維持するには人生を捧げる必要がある。11年間やってきて、今は30歳なので、そろそろ別のことをする時期だと思って。去年は日本から戻って、3月に修士号のあれこれがあって、大学の教授全員の前で研究発表しなきゃいけなくて、その時はセカンドストリートで買ったスーツを着たよ(笑)。それで大学を卒業して、すぐにパイロット訓練を始めたから、今は完全に新しい生活だね。
小俣 最近公開されたフィルムがありますね。BOMBTRACKが制作した『Inside the Veneto Trail: From Pro to Slow』という作品で、プロ選手を引退してスローなライドを楽しむゴセさんの姿が描かれています。この映画は本当に…プロサイクリストを引退した直後に、こんな作品を作れるのはあなただけだと思います。『Veneto Trail』は撮影も含めていかがでしたか?
ゴセ みんなにぜひ観てほしいんだ。たった16分だから、そんなに長くもないし。それに、あの場所は本当に美しい。実は何年も前からマウンテンバイクでレースに参加してたし、それはヨーロッパのケップエピックにも例えられるレースで、同じエリアを何度も走ったことがあった。それが、突然、バイクパッキングでサスペンション、テント、エアマットレスを積んでゆっくりと、レースで使ってたのと同じコースを走ることになったんだ。レースで風を切って走る時は周りを見ない。山も見えず、湖も見えず、木々も見えず、ただひたすら集中するだけ。でも今はただ走っている。ここには2、3回来たことがあるが、こんなに美しい場所だとは全く気づかなかった。今はゆっくり走って周りを見渡せるし、本当に素敵な映像が撮れるんだ。こういう動画をもっと作りたいな。だって今も自転車に乗ってアクティブでいるのが好きだから。だから、ぜひ実現させたいね。
小俣 フィルムの出来には満足していますか?
ゴセ ええ、フィルムの出来にはすごく満足している。いつも支えてくれたスポンサーにも心から感謝しているし、BOMBTRACKがこんなに素晴らしい映像を作ってくれたことにもね。これが(選手として)一つの章の終わりとは言いたくないんだ。だってもちろん今も自転車に乗っているし、プロとして活動していた頃から支えてくれたブランドが、今も全てのライディング全般でサポートを続けてくれていることにも、本当に感謝している。そして、こうした企画に参加できること、最高のタイヤ、最高のホイール、最高のバイク、つまり必要な装備を全て揃えて挑戦できる環境があることも、とても素晴らしいことなんだ。そういう意味で、自分は本当に恵まれた立場にいて、心から感謝しています。
小俣 BOMBTRACKがまだスポンサーしてくれているのはいいことですね。ブランドとの関係はどのように始まったのですか?
ゴセ ブランドとの関係が始まったきっかけは、実はかなりユニークなんだ。キャリアの中で最初の契約がプロのマウンテンバイクチームで、ワールドカップのXCレースに長年出場してたんだ。次第にシクロクロスでどんどん上達していって、その後ベルギーのチームと契約したんだ。ロードでもプロとして走ってたけど、ヨーロッパ選手権のシングルスピードシクロクロスにも一度出場したんだ(2016年)。シーズン終了後の3月、ただの楽しみとしてね。その大会のスポンサーがBOMBTRACKだった。当時はBOMBTRACKを知らなかったし、BOMBTRACKも私のことを知らなかった。確か19か20歳の頃だったと思う。楽しかったよ。そのベルリンでのレースで優勝したんだ。本当に素敵な週末だった。それ以来、社長のマヌエルがずっと連絡を取り続けてくれていてね。3~4か月おきにメールをくれて「もうBOMBTRACKのバイクに乗れるか?」って。それでロードチームと契約していたから、2年間はシクロクロスでもその契約ブランドのバイクに乗っていた。BOMBTRACKはツーリングバイクもたくさん作っていて、レース専用ブランドじゃない。例えば日本からオランダまで自転車で行こうと思ったらBOMBTRACKの自転車が最適な選択肢になるはずだ。もちろん現在では、アフリカ大陸を南北に最速で横断する記録に挑戦するような強力なライダーも擁してる。そういう用途には確かに必要な自転車だけど、俺はレーサーだったからね。チームが少し成長し、ベルギーで長年様々なチームとレースを続けていくうちに「ああ、何か別のことをしたい」と思うようになった。マチュー・ファンデルプールやワウト・ファンアールト、エリ・イゼルビットと同世代で、彼らが本当に速いのを見て、自分はそれほど速くないと気づいた。もちろん良い結果も出したし、U23ではトップ10を安定してキープしていたけれど、最後のステップを上がるには十分じゃなかったんだ。それで考えたんだよ、このままチームで走り続けて、次の10年も同じレースを続けるのかって。ずっとベルギーで。その頃には、ベルギー以外のレースにも招待されるようになってたんだ。世界中のレースにね。大学で地理学を学んでたから、旅をして世界を見ることにずっと興味があったんだ。そこで思ったんだ。もしかしたらBOMBTRACKの連中に連絡して、具体的にどんなオファーがあるのか聞いてみるべきかも、と。ちょうどその頃、いくつかのブランドからスポンサー契約のオファーがあったんだ。ええと実は、BOMBTRACKのオファーは全ブランド中で最悪だったんだけど、でもね、あの人たちは最高の印象を与えてくれたんだ。とはいえ実際には、以前の契約から一歩ステップダウンすることになった。経済的にもね。BOMBTRACKでレースを始めるために犠牲を払ったんだ。でも結局、あの決断をしたことに当時は本当に満足しているよ。だって7年経った今も、私はまだBOMBTRACKとの契約が続いている。今はレースには出ていないが、完全なサポートを受け続け、素晴らしい映画を作り続けています。だから、これからもさらに多くの映画やプロジェクトが実現することを願っている。当時の契約は経済的に一歩下がった形だったとさっき言ったね。他のブランドと契約すればはるかに高額な報酬を得られたかもしれない。でも問題は、巨大ブランドと契約すると選手は単なる数字扱いになることだ。何か変化があれば即座に切り捨てられる。一方、小さなブランドとは関係を築くのに非常に長い時間がかかるが、私はBOMBTRACKと何度も、何年も一緒に活動してきたので、ほぼすべての人がBOMTRACKを通じて私を知っているんだ。その頃ちょうど、BOMBTRACKも少し成長しつつあった。ハント・バイク・ホイールズも同じで、彼らも私の最初のスポンサーの一つだった。確か私が彼らが初めてスポンサーしたアスリートだったんだ。当時はまだ6人しかいない小さなイギリスのブランドだったけど、今はアメリカ、ドイツ、イギリスにオフィスがあって、もう3回も大きなオフィスに移ってる。
小俣 私もシクロクロス用にハントのホイールを1組持っています。
ゴセ おお、いいね。そうなんだ。そして重要なのは、俺らが共に成長してきたってことなんだ。彼らがスポンサーになってくれた時、俺はどんどん上達しなきゃいけなくて、そうして初めてUCIレースで勝てるようになった。もっと多くのUCIレースに出場して、そう、日本で言うJCXのようなシクロクロスシリーズがイギリスにもあって。
もちろんハントは地元だからね。スポンサーシップとしてもすごく良かった。だから俺とブランドは共に成長して、常に一緒にいるんだ。もちろんアスリートとして実力が上がれば他のブランドからもオファーは来るけど、俺はいつも最初からスポンサーしてくれたブランドを選ぶようにしている。俺のバイクを何年にわたって見ればわかるけど、ほとんど変わってない。ずっとBOMTRACKにハントホイール、リッチーとKMCを使っているんだ。アイウェアは100%にもう8年くらいスポンサーしてもらってるし、ほぼキャリア全体を通してタイヤはシクロクロスではチャレンジ、マウンテンバイクではマキシスを使ってる。俺のスポンサー関係で特にユニークなのは、タイヤスポンサーを二社持っていること。これは多くの人にはないことだろうね。
小俣 マキシスってシクロクロスタイヤも作っているんでしたっけ?
ゴセ いやいや、彼らはチューブレスで33ミリのタイヤも作ってるけど、でも俺にとっては、そして多分ほとんどのプロにとっても、シクロクロスではチューブラータイヤが今でも最高なんだ。だからマウンテンバイク、ロード、グラベルではマキシスを使い、シクロクロスではチャレンジを使うという契約で合意したんだ。だからウェアのロゴも夏のレースにはマキシス、冬のレースにはチャレンジと変わる。マキシスと、そしてチャレンジと、今でも同じ関係が続いている。何年も経つうちに、ビジネスというより友情のようなものになってきた。それに、今はレースでの自分の立場が少し変わったので、マキシスのために働くことも増えたんだ。イベントをたくさん開催したり、メカニックとしてレース現場で働いたり。そうすることで、自分のレーサーとしての経験が彼らにとって大いに役立つし、顧客や来場者にも貢献できる。もちろんヨーロッパ中を駆け巡るロードトリップも最高だし、今でもレースやその雰囲気、全てが大好きだ。今でもイベントには参加しているし、それが本当に素晴らしいと思う。最終的には自分で工学の学位も取得したから、製品の輸入や開発面でも非常に貴重なフィードバックを得られる。これはキャリアを通じて得たもので、例えば俺はワールドカップを一度も勝ったことはないし、もちろんオランダでは優秀なライダーが多くて国内チャンピオンにもなれなかったけど、明確な意見を提供することでスポンサーに大きな価値を提供できた。キャリアを通じて数多くの多くの試作素材や新型タイヤ、新型ハンドルバー、新型フレーム、新型ホイールを活用してきたんだ。スポンサーと協議し、彼らが新素材を提供してくれる。基本的に「壊れるまで試してくれ」と言われるので、しばらく使用し、レポートを書き、あらゆるデータを計測する。そうして共に大幅な改良を重ねてきたんだ。現在のハントのシクロクロスホイールも同様で、現在の形に仕上げるのに4年かかったと思う。シクロクロス用ホイールでは、今でも最高のものだよ。
小俣 一般的に言えば、オランダやベルギーのシクロクロスプロ選手は、チームにサポートされたライダーだと思います。多くのパートナーやスポンサーをもつあなたのようなプロライダーは他に存在するのでしょうか?
ゴセ ここ数年で少しずつ増えてきてるよ。ベルギーでは複数のチームで育った選手もいて、キャリアが長ければこのチームで2、3年、あのチームで2、3年って感じだね。サイクリングのプロチームってそんなに多くないからね。日本の人々が知っているかはわからないが、例えばクリストフ・ルートホートというボス(※アルペシン・プレミアテックのGMでもある)は複数のチームを所有しているので、あなたは彼らの会社と契約を結び、彼らは決めるんだ、例えば「今年は青いジャージを着るか、今年は緑のジャージを着るか」と。だから選択肢はそれほど多くない。そして、一度それら全てを経験したら、別の道を探さねばならない。例えばヴィンセント・バスタンス(2006ジュニアヨーロッパチャンピオン 現在は引退)は当初、自身のために素晴らしいチームを立ち上げた。現在トーン・アールツが所属するチームがそれだ。年月を経てチームも成長したが、ヴィンセント・バスタンスは既に離れている。現在ではアントン・フェルディナンデ(ベルギー)が自身のために優れた体制を整えている。でも外から見ると巨大なチームが存在するように見えるけど、外部の多くの人々は知らないこともある。選手はチームと契約をするわけだが、通常は自分固有のチーム(つまり専属メカニックやヘルパー)を連れて行く。一方、超大手チームは数人のメカニックとアシスタントがいて、特にオランダ国外から来るような遠方のライダーについてはサポートを提供する。例えば俺の親友であるヨリス・ニーウェンハイスは、リドレーレーシングチームでレースしている。彼はリドレーと契約を結んでいる。
だが彼には自分で雇っている専属のメカニック、専属のフィジオ、専属のヘルパーがいる。特にシクロクロスのトップレベルに上がると自分のメカニックを雇う必要がある。つまり各ライダーはある意味で個人事業主のようなもので、例えば実力が少し劣るライダーなら給与交渉でキャンピングカーの有無を含めるか除外するか決められる。例えば、プロ契約を結んだとしても、テレビ中継されるレースで常に勝てない場合、チームが「キャンピングカーは提供するが、契約金は減らす」と提案することもある。こうしたルールは数多く存在し、交渉の仕方はマネジメント次第だが、契約を結ぶのはチームとライダーだから大変だ。俺には自分の周りにサポートスタッフがいた。その点では、キャリア全体を通して本当に恵まれてきたと思う。13年以上も支えてくれたメカニックが二人いるんだ。ジュニア時代からレースを始めた頃、俺はいつも最後尾で、よくクラッシュして機材を壊しまくってた。所属していたサイクリングクラブにメカニックがいて、彼は俺の高校のすぐ近くに住んでいた。もちろん、自転車店に行くたびにすごくお金がかかってたんだ。当時15歳の俺はスーパーマーケット(あのユンボだ!)で働いて自転車資金を稼ぎ、週末に何度も故障したホイールを修理し、自転車で高校まで通った。オランダにはスクールバスがないから自転車移動が必須で、最初の高校は片道12キロの距離だった。だから朝はリュックを背負い、ホイールを片手に持ちながら自転車でメカニックの家に寄った(笑)。彼はもう引退していて、朝はいつも早かったから、彼がまだ寝ているうちに家の裏口にホイールを置いて、午後の学校が終わったらまたホイールを修理してもらって、週末にレースに出られるようにしてたんだ。もう一人のメカニックは、実は何年か後にはキャンピングカーを買えるようになってからは、彼とはヨーロッパ中を一緒に旅してた。キャンピングカーで毎週末一緒に旅してたんだ。ある年は冬に36~38ものシクロクロスレースを走った年もあった。それに夏には30~40レースの日があるから、基本的に常にレース中で、家にいない期間は年間8~9ヶ月にもなった。だから信頼できる優秀なメカニックが地元にいることは非常に重要だ。というのも自宅には全ての機材が揃っていなかったから。トレーニング用は自転車1台だけ。レース用バイクと全てのホイールはメカニックのところに預けていた。だから毎レースの週末後、彼らが全てを分解し、再整備し、組み立て直してくれる。プロとして11年間レースを続けてきましたが、メカトラは5回程度しかなかった。もちろんパンクなどはあったが、メカニックのミスによるトラブルは5回程度。これだけのレース数と移動距離を考えれば、非常に少ない数字だ。だから、長年このようなサポートを受けられて本当に幸せだよ。
小俣 例えばメカニックやスタッフに給料を払っても、世界トップ5やトップ10のレーサーは十分に稼げている?
ゴセ 通常は稼げる。特にベルギーやオランダでは、全てのレースがテレビ中継されるから、スポンサー獲得や観客動員があてにできる。例えば大きなレースに行くと入場料が20ユーロで、収益の大半はビールテントで稼いでるんだ。ビールが5ユーロくらい。ちなみにハンバーガーはすごく高い。たとえばルーンハウトみたいなレースに行くと3万から4万人の観客がいて、そのうち2万5千人は完全に酔っ払ってるんだ。まず入場料を払うから20ユーロの入場料を支払い、さらに飲食代として50ユーロとか100ユーロを支払う。つまり一つのイベントで莫大な金額が動くわけだ。
小俣 その資金はチームやライダーに還元される?
ゴセ ライダーへの報酬形態は主に三種類ある。まず当然ながら基本給だ。これはシーズン開始時に交渉する給与で、例えば前シーズンが好調だった場合、高給で契約できる。これが基本構造だ。次に賞金があるが、賞金は必ずしも高額とは限らない。C1レース優勝で1400ユーロ、C2レース優勝で350ユーロだ。もちろんそれでも悪くはないけどね。あとはスタートマネーがある。実力がある選手なら、観客に手を振るだけで、顔見世料としてお金がもらえる。ボクシングや格闘技のように、有名になればなるほど、実力が上がれば上がるほど、たとえ負けてもお金はもらえる。もちろん勝てば少し多くもらえるが、スタートマネーは固定額だ。特にトップライダーたちは賞金なんて気にも留めないほど大金を稼いでいる。それに特にベルギーやフランスでレースすると賞金を受け取るのに1年以上かかることもある。フランスでのレースでは、賞金を受け取るのにほぼ2年かかったこともある。ある日突然、銀行口座を見ると45ユーロ73セントが振り込まれていた。問題は手続きが複雑すぎることになる。例えばフランスの主催者がフランスの競技連盟に送金し、フランス競技連盟がオランダの競技連盟に送金し、オランダの連盟が選手管理会社のような中間管理組織に送金し、これらの管理会社が選手に支払う。各段階で5%、10%、15%といった手数料が差し引かれるから、実際に選手の手元に入る金額はかなり減ったものになる(笑) そのようにスターティングマネーも、現地で受け取るか銀行口座に振り込んでもらうかで金額が変わってくる。そしてもちろんシーズン終了時にはシリーズ戦の総合順位が重要で、ワールドカップやスーパープレステージなどのレースでは総合順位賞金が非常に高額だ。これが非常に重要なので、良い成績を収めることが求められるわけだ。またワールドカップでは公式にはスターティングマネーはないものの、優勝賞金が格段に高いんだ。ワールドカップで優勝すると、おおよそ5千から8千ユーロがもらえるはず。UCIのウェブサイトで確認できるはず。賞金は30位まで支給され、30位から20位の選手には全員一律で300ユーロ。燃料代を賄うには結構な金額だ。例えばチェコ共和国でのワールドカップなら燃料代だけで300ユーロかかることもあります。だから30位が賞金対象のフィニッシュラインでは選手たちが最も激しくスプリントするんです。本当に必死に戦うのは、31位だとゼロだから。
編集部注:2025-26シーズンは、ワールドカップの優勝で5000€、31位〜40位までが300€。41位以下には支給なし。
小俣 おお
ゴセ 31位で250ユーロってわけじゃない。31位はゼロだからね。これがすごく重要なんだ。それからもちろん、年末にはスポンサーやチームとの契約内容次第でボーナスが出る。優勝ボーナスや表彰台ボーナスがある人もいる。昔はテレビに放映された秒数を数えたこともある。
小俣 露出時間ですね。
ゴセ 露出秒数ってやつさ。シーズン終了時の契約交渉ではボスと向き合って、例えば「君は素晴らしいシーズンを送ったけど、毎回5位で、テレビに映る機会がほとんどなかった」とか言われる。「君にはこれだけ払っているが、シーズン全体でテレビに映ったのはたったの36秒だ」とかね。でも例えば、昔オランダのライダー、カミル・ファンデベルフというライダーがいて、彼は世界一のスタートで有名だったんだ。まるでロケットみたいだった。
小俣 ニールス・ファンデピュッテみたいに?
ゴセ ファンデピュッテのスタートは確かに素晴らしいが、彼は本当に良いスタートを切ったあとも、ちゃんとフィニッシュまでそれが維持できる選手だ。もちろんカミル・ファンデベルフも素晴らしい成績を残したけど、キャリア後半はプロとして報酬をもらったのはそのスタート技術があったからだ。スタートがあまりにも上手くて、1周目だけ全開で先頭で走ったからさ。テレビに6分くらい映ることになる。その後は後ろでレースをしてた。でも10レース出ればテレビで1時間映るし、ゴールデンタイムの1時間を計算すると、例えばゾルダーでのワールドカップはクリスマスピリオドの2日目で、300~400万人がテレビで視聴する。非常に大きなイベントだ。400万人が見ている中で6分間テレビに映ることを考えると、プロに給料を払うなんてのは、テレビでコマーシャルを打つよりだいぶ安いんだ。
小俣 間違いないですね。
ゴセ それに自転車競技は常にニュースに取り上げられていて、私がよくレースに出ていた頃もそうだった。私はオランダの北部フリースラント出身で、別の言語(フリジア語)を話し、独自のテレビ局や新聞のある地域です。スポーツ新聞では特定の種目ごとにページが割り当てられていて、例えばサッカー1ページ、バレーボール1ページ、テニス1ページといった具合だ。冬は自転車競技は他に種目がないのでシクロクロスだけが取り上げられる。そして北部の地域全体で、シクロクロス選手は俺だけだった。だからレースで勝っても、負けても、新聞に載った。書くべき他の選手がいなかったからだ。それが初期の頃、俺を大きく助けてくれた。有名とは言わないが、より多くの人に知ってもらえた。そうすると、スポンサーを見つけるのも楽になった。それもあってに、スタートマネーやレースに関して、セカンドレベルのサーキットで走ることに決めたんだ。例えば、最高峰のワールドカップやスーパープレステージのようなレースに出ることもできるけど、スイスやイギリスのシリーズ戦では、トップレベルよりは下がったレベルのレースがある。そしてそっちの方がスタートマネーを多く受け取れたんだ。表彰台を争える存在としてレースに大きな影響を与えることもできる。しかし、ワールドカップなどでワウトやマチューと対戦する時は、ただ後ろについて走るだけなので、優勝や表彰台を狙える他のレースと比べて影響力はずっと小さくなる。コンビニで水を買うのか空港で水を買うのか、といった問題だ。コンビニの方がずっと安い。自分が最も価値を発揮できる場所に行くべきだ。俺にとってはあの国々がそうだった。それにね、俺は週に20~25時間もトレーニングしている。自転車を始めたのは、自転車レースで勝つためだ。自分の価値が最も発揮できる場所に行く必要がある。数年経って、ワールドカップの優勝は難しいかもしれないが、イギリスやチェコでのUCIレースなら自分の可能性の範囲内だと気づいたんだ。そこで積極的にレース数を増やし、キャリアの中でかなりの勝利を収め、振り返れば非常に充実した時間だった。
小俣 ワールドカップやX2Oトロフィやスーパープレスティージュといった主要シリーズより、チェコのトイトイカップや小国のシリーズ戦に興味があります。
ゴセ 例えばトイトイカップでは総合3位になったことがある。マイケル・ボロシュに次ぐ成績だった。彼はチェコのレジェンドだ。多くの方がご存じないかもしれないが、シクロクロスがチェコ共和国で非常に人気があるスポーツなんだ。
小俣 なぜ?
ゴセ 何十年も前からシクロクロスが根付いているからだね。しかし、日本の方々がこれを聞いて理解するのは少し難しいかもしれない。チェコやベルギー、オランダのシクロクロスでは、ライダーの数は他国よりそれほど多くない。例えば、週末の関西シクロクロスに行けばレース出場者の数は3倍も4倍もいる。しかし、これらの国々や私の母国では、基本的にエリートクラスはプロか、レースに出られない人かのどちらかなんだ。レベルが非常に高く、莫大な費用がかかるためです。普通の仕事をしているとほとんど参加できない。チェコでも同じ状況だ。多くの選手にとってU23が最終地点で、契約が得られなければそこで終わり。でもその壁を突破できれば、チェコには世界選手権がある。ピルツェンやターボルで。何年も前から開催されてきた。隣国スロバキアのポプラトも伝説的な場所だ。そういうレースに行くと、コースにはすごい人数が集まる。テレビでも必ず映る。しかもそれらの国では、平日に祝日があって、それでシクロクロスレースが開催される。火曜日の午後にプロのシクロクロスレースがあるんだよ。チェコの小さな村に5000人もの観客が集まるんだ。フランスも同じだ。私はフランスでレースをしたことがある。メカニックと一緒に、ノルマンディーやブルターニュに行き、前日はコース脇に停めたキャンピングカーで食事をする。翌日レースがあるかどうか、その時点ではわからない。そこにはコーステープも何もないからね。次の朝、目を覚ますと、大きな騒音が聞こえてきた。そして2時間以内に、レースの準備がすべて整うんだ。村の中にコースが出現する。私がそのレースに参加したのは、ラナルヴィルでした。73回、つまり73年連続でレースが開催されているという(編集部注:最後の開催となった2019年大会で62回目)。ボランティアの皆は、年に一度、コースのどこに杭を立てればいいかを熟知している。そして、立哨員はどこに立てばいいかも。組織運営はとても簡単だ。だって20年30年もやってるんだから、ただ来てさっさと片付けるだけさ。それで外国人ライダーを招待し、スタートフィーを払うんだ。レースをやり終えたら、1時間以内に全てがまた消え去る。本当にすごいことだよ。ところでトイトイカップの話に戻ると、今はもうトイトイカップじゃなくなったな。違うスポンサーがついてる。でも昔はトイトイカップだった。トイトイって知ってるか?
小俣 なんかトイレ関係の会社だった気がします……。
ゴセ そう、移動式トイレ。お祭りとかでよく見かけるやつだ。トイトイカップは、さっきも言ったけどレースがテレビで放送されるんだ。ライブストリームでも見られるかもしれない。そこに面白さがあるんだ。彼らはカメラの設置位置を工夫する。だってあの国々ではスポンサーシップにちゃんと恩恵が必要なんだよね。ベルギーみたいに資金が豊富じゃないから。トイトイはフェス用トイレみたいな基本モデルもあるけど、高級モデルもあるんだよ。障害者用トイレやシャワー付き、温かい便座付きの高級モデルとかね。そしてコースのあちこちにカメラが設置されていて、最後にそのトイトイトイレを設置するんだ。実際に使うかどうかは別として、コース上の全くランダムな場所にトイトイが立っていることもある。そしてライダーたちが絶えず背景を通過するんだ。背景に設置された全てのカメラがトイレを映すってわけ。つまり戦略的に配置しているわけだ。これは非常に巧妙で素晴らしい。そうそう、イギリスにもシリーズ戦があるんだ。ナショナルシリーズトロフィー。一度出場したことがある。あのシリーズを全戦って優勝したんだ。アメリカでもシリーズを走った。USプロシリーズだったと思う。そこでも2位か3位だった。全体的にそういうシリーズではいつも結構良かったからね。そういえばそれで思い出すのは、アダム・トゥパリーク(チェコ)って奴がいて、世界選手権で一度まさかの優勝をしたことがあるんだ(※)。彼も俺と同い年なんだ。
※U23の世界選手権で1周回勘違いしたトゥパリークは、残り一周で優勝したと思いガッツポーズをしてしまった。レースは最終的に2位だった
俺はいつも彼に少し嫉妬してたんだ。だって俺はレースではいつもそこそこ良かったけど、超絶に良かったことは一度もなかったからね。でもアダム・トゥパリークは、なぜかよく俺の順位付近にいて、少し上だったり、かなり下だったりするんだけど、シーズンに3、4回は超絶に良かったんだ。それで彼はいつも大きなレースを勝ったりしてたんだよね。でも俺はテレビ中継されるような超ビッグレースで勝てたことなんて一度もなかった。いつもそこそこ良かったけど、超絶に良い日なんて一日もなかったんだ。でも逆に、本当に悪い日もなかったんだけどね。すごく調子が悪い日でも、せいぜい3~4つ順位が下がるくらいで、25位も落ちたりはしなかった。だから総合順位では常に上位にいることができた。でも勝つにはたった1日の絶好調が必要なんだ。ある年はU23のX2Oトロフェーで総合3位だった(当時はDVVトロフェー)んだけど、その時のコッペンベルグクロスは3位だったな。スーパープレステージはポイント制だけど、X2Oトロフェーは総合タイムで競うシリーズだ。コッペンベルグクロスを思い出すと……その年はエリ・イゼルビットが優勝したと思う。イェンス・デッカーが2位で、俺たちは後ろの大きな集団にいたんだ。そこで俺は「オール・オア・ナッシングだ」って思って突っ走ったんだ。そうしたら振り返ったら誰もいなくて、俺は3位だった。あの登りはすごく急だから、差があっという間に開くんだね。そしてシーズン最終戦はリールでの砂レースだった。俺は砂地が苦手で、他のライダーほど得意じゃないんだ。総合で4位につけていた奴は砂地がすごく得意で、自分はその一週間前に怪我をしてたから、走れないって思っていた。すごく痛かったけど、総合表彰台を狙うしかなかったんだ。結局総合3位になることは出来たけど、最後は本当に僅差だった。ああ、砂地でのあの接戦は本当にギリギリだったよ。
小俣 イタリアにもシリーズ戦がありましたよね?
ゴセ ああ、そうだ、ジロ・デ・イタリア・シクロクロスっていう国内シリーズに参戦して、ピンクジャージを獲得したこともあるけど、今はもう廃止されちゃったんだ。フランスもいいけど、イタリアには今でも若手向けの良いレースがあるんだ。イタリアは世界一プロ自転車選手が多い国だと思う。イタリアではサイクリングは宗教みたいなものなんだ。俺もイタリアで何度かレースに勝ててラッキーだったよ。マウンテンバイクもあったけどね。共和国記念日みたいな国民の祝日にマウンテンバイクのレースで一度勝ったんだ。テレビ中継もあって、あれは本当に素晴らしかった。そしてイタリアでは人々が決して選手のことを忘れないんだ。少し恥ずかしいことだと思うんだが、例えばオランダやベルギーでは、少なくとも俺の意見では、人々はすぐに忘れてしまう。10連勝しても、1つ負ければ「もう無理だ」「ダメだ」「走り方がわかってない」と言われる。でもまた勝てば、また大英雄扱いされる。
小俣 レムコ・エヴェネプールなんかまさにそんな感じですね。常に批判にさらされている。
ゴセ でもイタリアではそうならない。俺はイタリアで何レースか勝つことができた。今はそれから少し年が経ったし、プロ選手のキャリア以外の道も歩んでいる俺だけど、彼らは決して忘れない。彼らはまだ覚えていてくれるし、喜んで迎え入れてくれる。それに、サイクリングがイタリアで非常に大きいから、人々は見分けてくる。自転車にどう乗っているか、ペダリングがどれだけスムーズか、そういうことを見抜くんだ。トレーニングキャンプでよくイタリアに行ってたんだ。それで田舎のアパートとか宿泊施設を借りるんだ。すごく安いんだよ、トスカーナとかね。2、3週間だけ行くんだ。村に着いたら、初日に地元のバーに行くんだ。だってトレーニングライドは毎朝地元のバーから始まるから。そこに行ってコーヒーを飲むと、引退したお年寄りが何人か座ってるんだ。君が入ってくるやいなや、君の自転車の乗り方、その乗り込み方を見て「こいつは本物だ、プロの乗り方だ」って見抜くんだよ。で、コーヒーを飲むんだけど、お金を払わなくていいんだ。彼らは金なんて欲しがらない。でも毎日、毎日必ず行かなきゃいけない。そして三週間通った最後に、ジャージかキャップか、何かソックスとかグローブとかを置いていくんだ。それらはカフェの壁に飾られて永遠に残る。君がそこにいたサイクリストだという証が残るんだ。それがね、俺がイタリアでレースするのがオランダで走るよりずっと好きな理由なんだ。
小俣 エリ・イゼルビットと走ったとおっしゃいましたが、惜しくも望まない引退となってしまいました。日本のシクロクロスファンに、彼がどんな選手だったか、教えてもらえますか。
ゴセ ああ、俺にとってエリ・イゼルビットは小柄なライダーだった。もちろん彼は非常に優秀で、数多くのレースを戦った。彼もまた、今は怪我で引退を余儀なくされたけど、振り返ると、エリートクラスで世界タイトルを一度も獲得できなかったのは少し残念に思うよ。いつもファンアールトやマチューといった選手たちが注目されていたが、エリ・イゼルビットは本当に賢く、多くのシリーズ総合で優勝していた。彼は「自分は二番手かもしれない」と理解していたんだ。長年「自分だけのもの」を求めず、非常に小柄ながら自転車の上では驚異的なスピードを発揮し、とりわけシーズン序盤が強かった。特にスーパープレスティージュやワールドカップでは常に圧倒的にポイントを獲得していった。そしてシーズン後半、ピドコックやワウト、マチューが追い上げてきても彼は既に大量のポイントを稼いでいるから、たとえ4位、5位、6位になっても十分なポイントを保持して、総合順位でも非常に高い結果を残せたんだ。キャリアの中で、彼はそれを非常に賢くやってのけたと思う。俺がX2Oトロフェー、当時のDVVで勝った年……いや違った、勝ってない、3位だった年にエリが総合優勝したんだけど(もしこれを聞いていたらごめんエリ)、とにかく常に非常に安定してた。自転車に関して言えば、エリはキャリアのほとんどをリドレーに乗っていたと思う。うーん、もし振り返るなら、リスナーにはエリのハイライトをYouTubeか何かで見つけることをお勧めする。彼は自転車の後輪に体重を乗せる乗り方のため、あのXナイト(※リドレーのCXバイク)が採用していたネガティブダウンチューブと相性が良かったんだね。エリ・イゼルビットは後輪に乗る走り方をする選手の典型例だった。彼は体重を的確に後ろに移動させ、コースを極端にショートカットする。背が低いことも有利だが、特に現代のコースが狭くなった今、このスタイルは極めて有効だ。昔はコースが直線的で泥をかき分けながら進むだけだったが、近年では多くの都市が「シクロクロスは素晴らしい」と考え始めている。「多くの観客を集められる」と考え、都市公園に小さなコースを設ける。そこには無数のコーナーが存在するが、少なくともエリはその状況に非常に優れている。自転車上での体重移動の仕方、分析力、ライディング技術が卓越している。彼のハイライト映像を見れば、その乗車姿勢が彼のキャリアを築き、数多くの勝利をもたらした理由がわかるだろう。彼は非常に賢く、その姿を見るのは実に素晴らしい。本当に素晴らしい結果を出し、数多くのレースで勝利を収められるようになった。彼は非常に賢い男で、
他のライダーたちとの関係も素晴らしい。ファンかそうでないかは別として、彼は本物だ。本当に優れたシクロクロスライダーで、引退する前には本当に残念な姿を見せたんだ。ああ、彼とは長年一緒にレースをしていた。確か彼は俺より1歳年下だったと思う。いや、2歳かも。でも彼はほぼ常に脅威だった。
小俣 彼だけでなく、彼の世代のサイクリストのほとんどが、マチューやワウトと対決しなければならなかったのだから、大変な世代ですね。
ゴセ そうだな、もちろんそうだな。俺が「昔はさ」って老人のように語るのは避けたいところだけど(笑)、俺たちの時代を思い出せば、U23レースのラップタイムがエリートレースより速かったことだってよくあったんだ。そして俺の世代からステップアップした選手たちを見れば…例えば、俺の生まれ年だけでなく、その上下1年差の世代もね。よき友人であるヨリス・ニーウェンハイスはマチューより1つ年下、クインティン・ヘルマンス、ワウト・ファンアールト、エリ・イゼルビット、トム・ピドコック、アダム・トゥパリーク、フェリペ・オルツ……多くの選手が同じ年代にひしめいている。トーン・アールツは1歳年上かな。つまり皆が非常に近い世代で、本当に多くの優秀なライダーがいて、何人かはロードに転向した。ジャンニ・フェールメールスは俺より1、2歳年上だったと思うし、ランダー・ロックスはシクロクロスでよく一緒に走った。彼は俺と同じ年生まれだと思う。今はロードでユニベット・ローズ・ロケッツに所属し素晴らしいキャリアを歩んでる。大変な世代だな。もちろんフランス人ライダーも何人かいる。例えばクレマン・ヴァンチュリニはワールドツアーで長年活躍し、グランツールも経験している。ジョエレ・ベルトリーニも彼の成績が物語っている。皆同じ世代だ。不運だったとは言いたくないが、今のU23やジュニア世代を見ると、もう少し早く、あるいは遅く生まれたら良かったかもしれない。でもそれが、私が学校に通った理由でもある。確かに良い結果は出していたけど、同時に「おい、俺より明らかに速い奴らが結構いるな。学びを止めるべきじゃないかも」とも思ってたんだ。だから少し時間はかかったけど、学位も取ったんだ。
小俣 マチュー・ファンデルプールはシクロクロスの歴史上、最強の選手だと思いますが、何が彼をそんなに特別にしているのでしょうか?
ゴセ まず第一に、俺が知っている彼は、自転車レースで勝つ姿だけだ。ジュニアでレースを始めたが、俺たちはちょうど同じ年に始めたんだ。ジュニア時代、彼は27レースに出て27勝した。翌年も27レース出場して27勝した。でも2年目になると、彼はもう他の選手と競うのではなく、自分のラップタイムや前年の成績を見て、それを上回ることを目指すようになった。そうするとレースでは2位に2〜3分差をつけて勝つようになる。彼の走り方を見ると、本当に簡単そうに見える。テレビではいつもそう見えるんだ。多くの人はテレビで見るだけだから簡単だと思うけど、実際にレースに来るとライダーたちがどれだけ速く走るか分かる。そう、彼は……うん、確かにバイクの上では驚異的だけども、それは才能だけじゃないんだ。努力も全て詰め込まれている。体格がそれを可能にしてるわけじゃない。間違いなく100%メンタリティだ。ファンアールトも全く同じで、ここ数年でどれだけ重い事故を経験したか見てみてほしい。毎回、毎回、立ち上がって、毎回、非常に高いレベルまで戻ってくるんだ。また、再び。それはただただ尊敬するしかないことだ。そして俺はまた、彼があの非常に重い東京オリンピックの事故から戻ってきたことを嬉しく思う。彼はとてもいい奴なんだよ。何度も、レース後に俺がキャンピングカーに戻る時には、表彰台に向かって自転車で走る彼とすれ違った。いつも挨拶して「やあ」って言ってたし、特に俺はジュニア時代から彼を知ってるから、どこかで彼を見かけても別に特別なことじゃないんだ。彼は世界最高のサイクリストだけど、ただただ普通の、すごくいい奴なんだ。だからね、それが彼の超人気とクールさの理由でもあるんだ。
小俣 彼がシクロクロスからの引退を宣言したという話が出ています。多分次の世界選手権後かと思われます。本当かどうかわかりませんが……。次なるマチューは誰? ティボール・デルフロッソ?
ゴセ うん、ティボールも若い頃から超優秀だし、背も高いし。今の彼がどれほど進歩したか見ると、本当にすごいよ。彼がまだ何ができるか見るだけでもね。でも次のマチューが誰かはとても言いづらい。だって彼は全てにおいて最高だったからね。次なるマチューは誰かと言えば、例えばプック・ピーテルスを見た方が良いかもしれない。マチューはマウンテンバイクでもロードでもシクロクロスでも勝つからね。ティボールももちろんシクロクロスやロードで非常に優秀だし、過去にはマウンテンバイクで国内タイトルもいくつか獲得してる。でもエリートクラスのマウンテンバイクに挑むには…。いずれにせよ次の世界選手権で、マチューの動向は見ておきたいよね。例の噂もあるけど、ローラン・リボトンが保持している世界記録、5回、いや6回の世界タイトルに……
小俣 7回ですね、ベルギー人のロジャー・デフラミンクが最多勝記録のはずです。(編集部注:ロジャーではなく兄弟のエリック。ロジャーは歴代最高のロード選手に数えられる名選手)
ゴセ ああ、デ・フラミングだ。ええ、何度か裏話で聞いたんだ。マチューは…その記録を狙ってるんじゃないかって。最近ワールドカップ51勝目を挙げたしね。そして…彼がロザンジェルス(五輪)に行って、東京の返金を受け取りたいと思っているんじゃないかな。
小俣 オランダのサイクリングについて聞きたいのですが、オランダの女性ライダーはすごく強い。プロトンでは支配的です。なぜオランダ人女子ライダーはそんなに強いのでしょうか?
ゴセ うん、オランダには指導体制が整っていて、若手ライダーの育成にもすごく良い環境なんだと思う。残念ながら、若い女子選手を取り巻く環境は今のところどの国も似たような状況だ。つまり本格的なU23カテゴリーがなく、少しずつ増えてきてはいるものの規模が非常に小さい。だからロードレースではジュニアからエリートクラスにいきなり飛び込む必要があって、そのレベル差が本当に大きいんです。この差で多くの選手が離脱してしまうと思う。2、3年で辞めたり、差を埋められないか、あるいは急激に過度のトレーニングを強いられ、体が完全に成長していない状態でオーバートレーニングに陥るケースが頻発する。ただオランダの自転車連盟やチームは、他国と比べて指導体制が整っており、これが選手たちの成長を大きく促進している要因だろう。またオランダ人女子選手は男子選手と頻繁に合同トレーニングを行うため、当然ながらこれらが彼女たちの成長と強化に大きく寄与しています。特にシクロクロスやナショナルチームでは、毎週水曜の午後にナショナルトレーニングがあるんだけど、これも男女混合なんだ。だからトレーニングではライアン・カンプやティボール・デルフロッソ、ラース・ファンデルハールといった選手たちと一緒になる。ワールドカップに出場する選手たちで構成される一つの大きなグループで、そこでより良いパフォーマンスを発揮できるようになるんだ。特に女性選手たちは、男性選手たちと頻繁に練習することで本当に大きな成長を遂げることができる。技術面では、周囲の選手が皆、シケインを飛び越えたり、障害物を飛び越えたりすることに慣れているため、彼女たちの強さは目に見えている。技術面では圧倒的に優れている場合が多いんだ。だって周り全員がバニーホップをしている環境で育つからね。当然、練習も積み重ねるし、ライダー同士もお互いに助け合っているし。そう、残念ながら他の多くの国では、女性ライダーがまだ…どう言えばいいか、少し取り残されているような状態で、一緒に練習できるライダーがあまりいなかったり、あるいは引っ張ってくれる人がいなかったりするんだ。そういう状況だから、そう、多くのオランダ人女性ライダーは、他の国と比べて、ある意味で始まりの地点で差がついていると言えるだろうね。
小俣 週末にはオランダ・フルストでシクロクロス世界選手権が開催されます。どんなコースか教えて下さい。
ゴセ ああ、あのコースは…俺はそこで2、3回レースしたことがあると思う。たぶん2回かな。すごく急な下り坂があり、すごく急な登り坂がある(笑)。最初のセクションは…もちろん多少変更はあるけど、オフキャンバーがたくさんあって、追い抜きがかなり難しいんだ。かなり平坦で180度ターンが多いから、追い抜きのタイミングを計画する必要があるんだ。公園内にあるから土が泥だらけになることはなく、表層だけが削られて非常に滑りやすくなる。古い風車を自転車で通り抜けるあの象徴的な場所の後は、また真っ直ぐに下り続けるが、本当に…自分の力をタイミングよく調整しなければならない。なぜなら、こうした下り坂では、たいてい本当に良いラインが一つしかないからだ。みんなが同じラインを取るのでどんどん深く深く深く、たまに第二のルートが少し開くこともあるけど、コースには追い越しが基本的に不可能な区間が数多くあるんだ。だから本当にタイミングを計って、また非常に急な登り部分まで登らなきゃいけない。あまりにも急なため手も使って登らざるを得ない光景も見るだろう。レース中は、エリートクラスが大会の最後に開催されるので、そこには足跡が至る所に刻まれていて、まるで道に刻まれた文字のようだ。だから良いリズムを保つことは不可能で、どこで追い抜けるかタイミングを計らねばならない。足が速いライダーはランニング区間で追い抜くこともできるけど、そこから回復するのにかなり時間がかかるんだ。コースの大半は堤防に囲まれたところを走るが、登り坂を終えてその堤防の上に出ると風は強い。少し高くなっていて、もちろんかなり平坦だから常に強い風が吹いている。だから走り方には少し戦術が必要だ。今回は、ライダー対コースの戦いになると思う。コースが比較的平坦で走りやすいレースでは、ライダー同士の戦いになることが多いが、今回はねパワーを適切なタイミングで使うことがすごく重要なるだろう。ミスをしやすいから、一度でも間違ったコースを選んでしまえば、すぐに大失速しちゃうんだ。
非常に疲れていて、一度でも間違ったラインを取ると、転倒するか順位を大きく落とすことになる。だから集中してクリーンに走らなきゃいけない。そういう技術的なスキルが高いライダーがより上位に来ると思うよ。
小俣 ヨーロッパのサーキットでオフキャンバーを走るのはどれほど難しいのでしょう? 例えばナミュールとか……日本にはこういうオフキャンバーはないため、映像で見るだけだと「難しそう」で、実際の難易度が掴めないんです。
ゴセ うーん、場所によるんだよね。フルストの多くのセクションは結構簡単なんだ。幅が広めだから。ラインに乗れば余裕がある。ナミュールとの最大の違いは、すごく急で、しかも常にぬかるんでいて、土が緩いんだ。根っこがすごく深くていつもパンクがすごく多いんだよね。だって鋭い岩がたくさんあるし、深い根っこに入っちゃうとペダルが回せなくなってしまうから、片足を地面につけたまま根の反対側を踏み越えるんだ。でも急勾配だから一番高いラインから走ろうとしてバランスを崩し、ひとつ低いラインに降りる。またバランスを崩しさらに低いラインに降りる。選択肢は2、3本しかないから、すぐにコースから外れてしまう。だからバランスがキーになる。深く沈むほどタイヤは常に根の側面に接した状態で走らねばならないから、サイドカットの危険が増し、何度も何度もパンクするんだ。一方のフルストではそれほどパンクは多くない。土が固く締まっているから。堤防もしっかり整備されているし、水もそれほど溜まらない。天候や走行状況に多少左右されるが、走行ラインは数本、主に2本しかなく、追い越しもできない。つまり基本的に、前方にスペースができるまで後方に留まり、再びスペースができたら全力スプリントしなければならない。しかしフルストでは直線区間が非常に短い場合が多く、選手のレベルも当然高い。区間が極端に短いと、この短い区間で他車を抜くには相当な技術が求められる。特に世界選手権では、レース序盤の差はさほど大きくないため、かなりテクニカルな戦いになるだろう。特に序盤ではそれが顕著で、様々なラインでコーナーの内側を切り込んで順位を上げようとする様子は非常に興味深い。しかし全体的には公平なレースだ。つまり結果を左右するのは主にコース特性であって、フィジカルではない。つまり絶対的なパワーが劣るライダーが、技術的なコースだからこそ好結果を出す可能性もある。
小俣 ゴセさんは、戦術重視のコースとパワー重視のコース、どちらが好みですか?
ゴセ 個人的には技術重視だ。というのも、俺は最高レベルのパワーを持っていないから。数字だけ見れば、他のライダーは俺よりはるかに強い。
小俣 ヨーロッパのサーキットで技術重視のコースと言えば?
ゴセ 例えばかなり難しいのは…ゾンホーフェンの砂地コースだね。コクサイデも。砂地ではクリーンな走りを維持しなければならず、これもまたテクニカルなコースだ。ガーフェレもかなりテクニカル。ええ、他にもいくつかあるよ。特にスイスにはたくさんある。半マウンテンバイク的シクロクロスコースが多いからね。ルクセンブルクでの世界選手権も、すごく難しくてテクニカルだった。ああ、そういうコースはたくさんあるけど、特にここ数年、多くの都市が都市マーケティングを強化しているからね。もちろん普通の団体がスポンサーを集めてレースを運営するのはずっと難しいんだ。例えばヒュースデン・ゾルダーのレースも近年何度かニュースになったけど、地元の自治体や州は資金力があるから、「都市マーケティングのために資金が欲しい」と言うような状況だ。また、UCIもワールドカップをもう少し拡大したがっていて、東京でのワールドカップ開催の噂さえあったんだ。少なくともUCI内部ではね。日本国内でそれがどれだけ話題になったかはわからないけど。しかし、例えばUCIやフランダースクラシックがワールドカップを開催しようとすると、政府資金みたいなのを探そうとするんだよね。シクロクロスに関しては……うん、数年間試したけど、あまりうまくいってないと思う。一方で、例えばエリミネーター・マウンテンバイクを見れば、あれは都市のマーケティングにすごく貢献するんだ。リオデジャネイロとかドバイとか、どこでもやってるけど、あれはね、500メートルとか1キロのコースに障害物を設けるだけで、あまり設備もいらないし、あまりインフラもいらないし、ライダーもそんなに多くないからずっとやりやすいんだ。でもシクロクロスは……うーん、あまり……あまり良いことじゃないと思うんだよね。だってライダーが結局全部の費用を負担しちゃうんだ。これも多くの人が知らないんだけど、例えば…全部自分で払わなきゃいけないんだ。移動費もスタッフの手配も全部…高額になる。東京でワールドカップを開催するのは素晴らしいし、日本の環境は本当に大好きだ。でも、最低賃金で働くライダーが日本まで飛行機で行き、自転車を2台(あるいは1台)とメカニック1~2人を連れて行き、ホテル代を自腹で払って、それで25位に入って450ユーロの賞金をもらう一方で、移動費が5000ユーロかかる。アメリカでも同じ現象が見られた。だからアメリカにはもう誰も行かなくなったんだ。だからワールドカップは中止になったんだよ。アメリカではね。
小俣 2030年に冬季オリンピック種目になるかもしれないという話もありますが、実現可能なことだと思いますか?
小俣 正直言って、それが実現するかどうかはいつも少し懐疑的だね。数年に一度、そうした噂が出てくる。たぶん意図的に広められている面もある。オリンピック種目になるかもしれないと。でも多くのオリンピック競技を見ると、意外なほど小規模なスポーツが正式種目になったり、デモンストレーション種目になったりする。当初の計画ではシクロクロスがデモンストレーション種目になる予定だった。でも、それに関する最大の問題は、残念ながら今も変わらず、参加国の多様性なんだ。オリンピックにとって、出場選手の参加国の多様性を非常に高く保つことは、非常に大きな課題で、だからこそ、今年はスキーモのような非常に小規模な競技が採用されたんだね。これも小規模スポーツだが、国別多様性のレベルは、おそらく少し高いのだろう。あるいはロビー活動の成果かもしれない。オランダやベルギー以外でのプロシクロクロスの人気はずっと低い。もちろんオリンピックにシクロクロスが採用されれば素晴らしいが、私が現役でいる限りオリンピックへのシクロクロス採用は議論され続けるだろう。10年後には実現するかもしれないが、同じことが繰り返されるだろうね。でも時々、オリンピック種目になってるのにそのスポーツを全く知らないってこともあるし、シクロクロスも多くの人が知らないからね。だってよく説明求められるんだ。どんなスポーツなんだ?って。「自転車を肩に担いで走り回ってるんだ」って言うよ。
小俣 笑
ゴセ すると「ああ、テレビで見たことあるよ」って言う人が多いんだ。で、必ず続く質問がこれなんだ。「じゃあ、ツール・ド・フランスも走ってるのか?」って。これがいつも二番目の質問なんだよ。
小俣 日本ならロードバイクに乗ってると、「競輪選手ですね!」って言われるのと似ているかもしれません。
ゴセ 俺にはスプリント力がないけど、そうじゃなかったらケイリンレーサーになりたかったな。
………
その後もヨーロッパのシクロクロスシーンを中心とした会話は尽きず、また話題は日本のシクロクロスシーンに移りましたが、このゴセが見た日本のシーンに関する雑感は、後日ニュースレターでご紹介予定。ぜひご登録ください。
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