Arenberg 主筆の小俣は日本最長のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン」に大会広報チームの一員として8日間帯同中。ステージレースで移動しながらの日々をロードレースに絡めて、とりとめも無く書き留めます。
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5月31日(日)
東京ステージは始まりが遅いので、珍しく朝に時間の余裕がある。日の出の早いこの時期、せっかく普段は来ない街なのだからと朝に周辺を散策してホテルに戻ると、1Fの朝食会場は人で溢れかえっていた。宿泊客の多いビジネスホテルの朝食会場というものは、なかなか大変だ。混雑を避けてできる限り遅い時間に再訪したがまだ混んでいて、出発時刻も迫っていたのでご飯を親子丼にして流し込む。宿泊客の少ない田舎のホテルで、朝のニュースを小さなテレビで見ながら納豆ご飯を食べるような至福の時間は、またいつか個人的な旅の時までとっておこう。
大井埠頭のコースまでの車内では、S子さんがオカンムリであった。やはり、朝食会場の混雑が彼女を苛立たせたらしく、あまりに進まない列と、前の客がゆっくりと緩慢に肉団子をよそっていたことに腹が立っているらしい。東京という都会は温厚な彼女をも変えてしまうのか。それとも8日間という長期に及ぶ旅がそうさせるのか。ひとまず、車内ではこの件を「肉団子の乱」と名付けて笑うのだった。こんなことは、ここに書いておかなければそのうちに忘れてしまう些細なものだ。日記に残すというのは、結構いいことなのかもしれないとこのTOJ帯同の最終日に思う。

東京ステージではおなじみのポートストア(ファミマタイプ)でこの日のおやつを買ったりりしつつ、レース開始まではゆったりと過ごす。しかし蒸し暑い。会場ではこの日記読んでますとか、しゃべくりTOJの電話レポート(そんなのも数日やったのだ)聴きましたとか、差し入れをいただりして有り難い限り。東京には取材に来るメディアも多く、関係者との雑談、情報交換も。
会場ではステージ協賛のSPEEDチャンネルによる今日の優勝者当てクイズが競輪模擬車券の方式で行われていて、全選手の車券があった。我々メディアチームも、ここまで7日間レースを見てきたのだからと意気揚々と参加する。S子さんは昨日の勝者オスカー・ギャラガーを、小俣はリーニンのサルビーを、D平さんは山岳賞ジャージを着るスワットクラブのカロッロを選んだ。

S子さんの選択はまぁ手堅いチョイスだろう。D平さんはちょっと大穴が過ぎるのではないか? 小俣は実は大会初日、堺でサルビーに話を聞いていて、その時から「東京ステージで勝ちたい」と彼がここを目標としていたことを知っていたのである。クフフ、取材の成果を見せてあげようではありませんか。


結果から言うと、当たらなかった。サルビーはスプリントで追い上げたものの届かず2位。それでも2位なのでいい選別眼ではないだろうか。ギャラガーは今日はアシストに徹していた。むしろ、一番合理的でない選択をしたD平さんのカロッロは、この日大逃げでレースを沸かせた選手の一人となり、成績こそ残らなかったが、スタート前に名前を挙げておいたら一目置かれたに違いない。2位というのは、一番「置きにいった」結果の象徴のようで、むしろなんだか、格好悪い。
この日キナンチームのファン以外で、カールステンゼンを挙げた人はどれくらいいたのだろう。一週間の帯同の中で、彼の調子は良くなさそう、とか能天気キャラ、だとかいろいろな言葉をいろいろな人から聞いた。だから最初から除外してしまっていたのだが、あとで話を聞いたところ、落車に失格にで2名がレースを去り、前日に山岳賞を失い、総合成績も無くなってしまって意気消沈しているチームにあって、彼だけがいつも通り振る舞っていたという。能天気な性格が、チームの雰囲気に飲まれずに流れを変え、勝利を掴み取ったというのだ。

レースについてはレースレポートに書いた。長い表彰式が終わると、この8日間のレースも終わりである。旅の終わりを喜び合いたいところだが、このメディアチームでのTOJ帯同も数年目。感慨というよりは、みな早く自分の家の布団で寝たいと思っているようだった。そうやってみんな日本各地にまた戻っていく。それでも、大きなトラブルもなく無事に8日を終えられたことには安堵と感謝がある。今年もこのチームで仕事ができてよかった。


「また富士ヒルで」とか「また全日本で」といいながら、関係者が別れていくのをみて、なぜツール・ド・フランスの最終日にメディアの人たちはみんなあっさり帰っていくのか、すこしわかったような気がする。シーズンを通じて顔を合わせているものだから、ステージレースの終わりにも特に湿っぽくならないのだ。

品川駅から新宿駅へ。日曜の午後を楽しんでいる人たちで駅はごった返していて、この8日間で見た人の数よりこの構内の方が多いんじゃないかとさえ思えた。ここには全く違う日常が溢れていて、さっきまでの8日間がすでに遠いことになってしまったかのようだ。野球観戦をしに行った帰路、ユニフォームを着たままで乗換駅に降り立った時の、違う世界に投げ込まれた感覚。
高速バスへ家路についていると、一足先に新幹線で帰ったフォトグラファーから帰宅した旨の連絡が入った。ご丁寧に、大会初日の堺ステージの会場まで戻って撮った写真まで添えられていた。堺出身の彼にとっては文字通りの「ツール」、一周レースだったということだ。

この旅の環はこうやって閉じたが、もう次の旅のことを考え始めている。
ここまでTOJ帯同日記をお読みくださり、ありがとうございました。Arenbergではこの数年同様、来るツール・ド・フランスでも今回のTOJ日記のような、毎日の取材写真日記を書く予定です。自転車レースを追って移動を続ける日々の記録をライブに読める日記は、準備が整い次第ご案内しますので、ニュースレターにぜひご登録ください。
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