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日本横断レース帯同記 26′ 大鹿

Arenberg 主筆の小俣は日本最長のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン」に大会広報チームの一員として8日間帯同中。ステージレースで移動しながらの日々をロードレースに絡めて、とりとめも無く書き留めます。

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5月26日(火)

この日ホテルの出発時刻はAM7:00で、朝食開始が6:45だった。このとりとめもない日記は早起きして書いているのだが、なぜだか文章というのはタイムリミットが迫ってくるにつれて勢いがノッてくるもので、その勢いを削がずにある程度までまとめていたら6:46になってしまった。慌てて支度をして、朝食会場に行き、ご飯を山盛りにして納豆とミートボールとともに胃に詰め込む。宿泊している東横INNの1Fにはドトールブランドのコーヒーメーカーがあって、このマシンのコーヒーは口あたりがマイルドで結構いける。美味しいコーヒーに気分が高まる。ツールの取材の時も、やっぱりコーヒーは持っていこう。昨年はいさ珈琲のドリップバッグにすごく救われたことを思い出した。というかTOJでも持ってくるべきだった。

今日は初場所である。大鹿村である。どこだ? という向きもあるだろうが、隣県に住む私自身も恥ずかしながら全く知らない土地であった。しかし、ある種の文化に通じた人には良く知られている場所でもあるらしく、先日東京で会った編集者は、この地の秘湯の宿と産出する塩について教えてくれた。彼いわく、ここがある時代にヒッピーの聖地であったことも。

今年の1月末、まだ寒い飯田を訪れ、福島晋一さんのインタビューを行った(会場で配布する公式パンフレットに記事があるのでぜひ読んでください)。その際に、まだコースが最終確定していない段階ではあったけれど、大鹿村がどんなところなのかを知っておきたくて、午後からひとりクルマで向かった。

2026年のいま、大鹿村はリニアの村である。村に至るくねくねとした道はところどころ狭く、そしてダンプカーがひっきりなしに対向車線からやってくるし、乗用車で走っているとすぐに前を走るダンプに追いついてしまう。いずれもリニアの掘削工事車両で、土砂や資材を運んでいるらしかった。その行き交う量は、この山間にあっては異常とも感じられたが、村の入口で渓谷がのっぺりと切り開かれた光景を見て、この国家事業の規模を知る。

工事車両は一般市民をとにかく尊重するらしく、後ろから乗用車がやってくるとすぐに路肩で停まって先に行かせてくれる。おそらく、地域住民の暮らしを少しでも妨げないように、という配慮だろう。それにしても改めて、こんな山の中をリニア高速車両を通そうというのだから、速く移動したいという人間の欲望の際限なさに狂気を覚える。レース当日は工事をストップし、村のイベントに全面協力するのだという。というよりも、こうして工事が止められるからこそレースコースとしての利便性が高く、今回の開催に繋がった側面もあるようだ。

またある人には大鹿村は刺さる場所であるらしい。メディアチームで主にドライバーを務めてくださるD平さんは活字と酒に常に飢えているべらんめい口調の文化人だが、その興味は広範に及び、中央構造線上にあるこの村にやってきたことを、誰よりも喜んでいた。仕事のないレース中には嬉々として中央構造線の博物館を訪れていたらしい。私はというと冬の来訪の折にここを訪れたのだが、今日になっても中央構造線とフォッサマグナの区別がついておらず、浅学をただ恥じるばかりである……。南北と東西でぜんぜん違うじゃんね。

一方で浮かない顔の人たちもいる。S子さんと啓兄のフォトグラファーたちは普段なら、「いつも同じコースだから新しいことができない」と言って定番の構図撮影にやや食傷気味であるというのに、いざまったく新しいステージにやってくると「どう撮ったものか……」と悩んでいる。ここ大鹿村は、クルマから降り立って外の空気を吸うだけなら大変に気持ちがよく、また山に囲まれた絶景なのだが、ことレース撮影となるとなかなか難しいらしい。しかも今日はチームタイムトライアル。

そう、大会史上でも初めてのチームタイムトライアルなのだ。いろいろと勝手が違う。

しかも周回コースを3周するから、動きによっては4回の撮影チャンスがあるらしくそれがまたフォトグラファーを悩ませているようだった。チャンスが少なくて悩み、チャンスが多くても悩む。フォトグラファーというのは悩ましい生き様である。

レースの結果についてはレポートに書いたが、結果的にはスペクタクルなレースとなった。起伏のあるコースが戦略の幅を生み、入念な準備をしてきた宇都宮ブリッツェンが上位に食い込むなど、見どころのあるレースになった。登り基調のフィニッシュラインで見ているだけでも迫力があったし、選手の生の表情と息遣いがロードレースよりも間近に感じられた。TTTのフォーマットは観戦的フレンドリーだ。

昨夜『夢街道』の主人が「大鹿村? あそこはイノシシとシカの場所でな。人間がそこに住ませてもらってるようなとこだよォ」と言ったのを思い出す。やはり鹿肉料理が売りのようで、会場では鹿肉ドッグなるものを買ってみた。が、この日のお弁当が地元の心尽くしのものだったので、鹿肉ドッグは食べないまま飯田へ持って帰ってきてしまった。お弁当は今大会ここまでのベストであった。来年も食べたい。

こうして初めての大鹿村ステージが終わった。知らない土地が自分の体験として加わるのは旅の醍醐味である。自転車ロードレースを通じてこうした経験ができるのだから、この仕事はいい。そして仕事でなくても再訪したいと思うのは、その土地を本当に気に入ったからである。

飯田での2度目の夜は恒例の焼肉であった。いつもなら飯田ステージの夜に焼肉だが、今回は日程上飯田ステージの前日に焼肉である。「新しいステージが加わるのはいいことだね」なんて、朝にはしかめ面をしていたフォトグラファーも笑っている。きっと手応えのある写真が撮れたのだろう。苦労をしながらも、新しい画角、新しい絵作りを探すことは楽しかったに違いない。大鹿村、総じていい一日だった。

飲み物を運んできた店員さんが、「みなさんは、自転車の方々ですか?」と聞く。「ええ、まぁ……」と応えると、「選手ですか?」と続く。このやり取りは昨夜もあった。最年少が40歳というこのメディアチームのグループにあって、どこに自転車選手要素があるんだとツッコミたくもなるが、おそらく短パンを履いていて、足に毛のない、日焼けしているフォトグラファーがその震源らしい。そしてなぜその彼はまんざらでもなさそうな表情をしているのか。

店員さん曰く、親戚が自転車関連の人で、このTOJにも出場しているのだという。よくよく聞くと、イトコの旦那さんが今大会に参加している某チームの監督であった。飯田では、不思議と店員さんと血の通った会話が始まることが多い。

大会はここで折り返し。旅はまだまだ続く。明日からは天候が崩れるかもしれない。

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※同僚の辻啓・S子さんの写真をアップしています

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