Arenberg 主筆の小俣は日本最長のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン」に大会広報チームの一員として8日間帯同中。昨年に続いての旅、ステージレースならではの移動しながらの日々とロードレースを絡めた書き物ができたらよいと思っていたこともあり、とりとめも無く書き留めてみます。
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5月24日(土)
やっぱり書き物が間に合わなくて、朝食の時間まで文章を書いて集合時間ぎりぎりにロビーへ下りていくと、東横INNでは朝食をテイクアウトできるという朗報を聞く。慌ててプラスチックの容器にブッフェのあれやこれやを詰める。メディアカーに乗って、いざ食べるかと膝上の朝食を見ると、数日前にこき下ろしたバードカフェ的な空隙があった。詰め物は難しい。
報道する側としては、大会もあと2日となり終わりが近づいてきた安堵がある。けれども、選手たちにとっては、とりわけここまでのステージで見せ場を作れていない者にとっては、相模原はほとんどラストチャンス。やはりというかレース展開はとにかく速く、忙しないものになった。TOJにおいて、この相模原ステージというのは大会終盤という日程の妙もあって、実は展開が極めて「ロードレース的」になる面白い一日だと感じる。
それでいくと、いなべステージの存在も相当に面白い。大会序盤だからこその展開のアヤが確実にあるし、登りと下りの置き方とそのバランスが、追いつくか追いつかないかという観るスリルを与えもしてくれる。こうした面白さをどう伝えたらいいのか、どう表現すべきかというのは難しくもあるが、メディアチームのTOJというのは、それを模索する旅でもある。
この日思ったのは、相模原ステージのフィニッシュラインは結構な見ごたえがあるということ。しばらく登り基調になっているがさほど勾配がきつくないこともあって、ペースアップした集団が一列棒状になって通過することが多い。そのおおよそ10秒ほどの間に、できるだけ多くの選手の表情を見ようと努める。苦しそうな者、余裕ありそうな者、周囲を見渡している者、様々である。この10秒のために、沿道に立つ価値は大いにあると思う。
濃密な10秒を味わえる相模原のフィニッシュライン
この日も美濃ステージでお会いした荒野姫楓さんが観戦にいらしていた。出身地が相模原と近く、後学のためにとにかくレースを生で見たくてプライベートで来たのだという。こちらとしては同じ放送局で冠番組を持つエネミーを警戒せざるを得ないロードレースを既存ファン層の外へと積極的に発信してくださる方は大歓迎だ。
レースはこれぞ逃げ、という展開になり、最終周回の攻防は見ごたえがあった。大会前から好調で、TOJが始まってからも積極果敢な走りを見せていた今村駿介(ワンティ・NIPPO・リユーズ)が勝つかと思ったが、レース巧者のベンジャミ・プラデス(VC福岡)が上回った。最終的に3名の展開に持ち込んだヨン・クノレは3位に終わったが、美濃ステージでも逃げに乗って3位だった。今大会で逃げ切りを2度も演出してみせた彼は、このレースの主役の一人に名前が挙がってもいい。
もう7度目になる、レースが終わってからの原稿書き。一日の展開を整理し、録ったインタビューを聞き返し、リザルトに細かく目を通してレポートを書く。傍目に忙しそうに見えたのか、荒野さんが(まだひめたんと呼ぶのに若干の抵抗がある)、「私に何か手伝えることはないでしょうか?」と殊勝なことを言うので、じゃあレポートのタイトル案でも考えてくださいと某番組のような無茶振りをする。
国を一周するステージレースの最終日が首都というのは、有史以来決まっていたことのように自明であり、TOJもやはり東京でフィニッシュする。メディアチームも一路東京を目指す。まだ山中の趣があった宮ヶ瀬湖畔を離れ、ハイウェイに入ると景色は都会のそれになる。密集する住宅、背の高いオフィスビル、大きな広告看板……これまでの道程では木や草といったものが占めていた「なんでもない場所」は全て消え失せ、目に映るもの全てが人工物といった感。
ふとprocyclingstatsのTour of Japanのページに、最終ステージの舞台は「Tokai」と記されていることにS子さんが気づく。まぁ確かに都会であるから、あながち間違いではない……。堺市出身の辻啓は「TOJはSakaiからTokaiや」と一人うまいことを言ったつもりでほくほくしているが、他のメンバーはただ聞き流すだけであった。
我々の宿泊先は蒲田。昨今著しい東京の宿泊費高騰を受け、まだ価格の落ち着いているところはどこかということで、昨年とは違うこの街に泊まることになった。最終日前日のこの夜は、メディアチームにとっても最後の晩餐である。メンバーが日本各地から集まっているので、最終日の日曜日は終わったら即解散。だから飯田に続いて、土曜日の夜はできるだけみんなで食卓を囲むというのが恒例になっている。
自然と「今夜は何を食べましょうかねぇ」と車内の会話。これまでクルマの運転を担ってくれたI氏(酒飲み)が「オレは魚ならなんでもいいよぉ」と言うので、なんとなく皆の頭に、刺し身や焼き魚が浮かんでいると、車窓の外に「天然鯛焼」の文字が。「天然とは?」という議論が白熱しかけた時、同乗の加藤フォトグラファーが、「タイヤキの世界では、型で片面ずつ焼いてから合わせる、一度に何匹も焼けるものを養殖といって、タイヤキを一匹そのままの形で丸々焼くものを天然というらしいですよ」と言う。ほぉ……、とみんながひとつ賢くなった瞬間だった。
夜になって雨がぱらついてきたので、近くの居酒屋へ。土曜の夜で、蒲田の街は賑わっている。ちょうど飲み屋街近くだったらしく、手近な店に入ってみんなで乾杯。話は自然とこの一週間のあれこれになる。I氏が「ホッピーがある!」ととても幸せそうな顔になったので、それだけでみんな幸せな気持ちになる。つくづく、酒の席というのは何を飲むか食べるかではなく、誰と飲むか食べるか、だ。これは仕事においてもそうかもしれない。
蒲田のブックオフで買った本。
店を出た22時近くになっても、大きなブックオフの光が煌々としているところに蒲田は東京だと思わされる。締めのラーメンと天秤にかけ、ブックオフに行くことにする。ほろ酔いで陳列された本を眺めていると心が癒やされる。飯田ではこの時間、カエルの声を聞きながら暗い道を歩いて宿へ帰っていた。たぶん今もあの田んぼはカエルの大合唱だろう。すっかりTokaiにやってきたのだと、実感する。
そういえば、今をときめくアイドルが考えてくれたレースレポートのタイトルについて触れておかねばならない。
残り1日!
制したのはベンジャミ・勝利デス プラデス
ハハハ、と失笑して却下したのだったが、改めて次の日に自分の書いたレースレポートのタイトルを見て、もしかしたら知らず知らずのうちに影響を受けていたのかもしれないと思うのデス。
混沌を極めた高速レース 逃げからベンジャミ・プラデス・レヴェルテルが10年ぶりの勝利!ポイント賞争いは最終日東京へ
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Tour of JapanのInstagram
※同僚の辻啓・S子さんの写真をアップしています