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日本横断レース帯同記 大阪

Arenberg 主筆の小俣は日本最長のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン」に大会広報チームの一員として8日間帯同中。昨年に続いての旅、ステージレースならではの移動しながらの日々とロードレースを絡めた書き物ができたらよいと思っていたこともあり、とりとめも無く書き留めてみます。

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5月17日(土)

今年もツアー・オブ・ジャパンに帯同することになったので、大阪へ向かう。前日、というか前夜に東京のスタジオでジロ・デ・イタリアのLIVE放送の実況を担当し、帰宅したのは午前3時。荷造りなんてなんにもしていないけれど、帰ってきたら精根尽き果てていてすぐに寝た。まぁ日本のレースであるし、なにか無くて困るということはそんなにあるまい……。ジロの解説は辻啓で、TOJのメディアチームで彼は撮影を担当するので、また1週間一緒になる。なんならその数日前には一緒に佐渡ヶ島で取材をしていて、そして7月は3週間以上文字通り寝食を共にすることになる。ツールの時はテキパキと臨機応変かつ颯爽と欧州を撮り駆ける彼だが、意外にもTOJのときには撮影に苦戦する姿も見られて、そんなところを実は楽しみにもしている。


塩尻のとりめしを車内で食す

特急列車と新幹線を乗り継いで、大阪へ。あちこちに万博の文字とキャラクターが踊っている。乗った電車が関西空港行きだったこともあってか、プラットホームから車内までほとんど日本語が聞こえてこなかった。スーツケースを抱えた大半の乗客はこの後国へと帰るのだろう。僕の旅は今まさに始まろうとしているところであって、同じ進行方向に向かっていても、行き着く先は当然のように違うのだった。

堺駅に降りると、心配していた雨は振っていなかった。17時から出場有力選手の記者会見。新城幸也、レイン・タラマエ、金子宗平、渡辺一輝。自転車選手の引き締まった身体というのはいつ見ても感嘆するが、レースの会場ではなくホテルの一室で間近に見るとその印象は更に強まる。タラマエは印象と異なり多弁で、日本のレースの一瞬一瞬を楽しんでいる様子が言動から伝わってくる。

「周回コースは選手にとってもコースが把握できるので安全だし、他の国のレースも見習っていくのではないか」

タラマエのこの言葉は、「ヨーロッパでのレースがいつも同じスタイルで面白みを感じなくなっていた」という旨の発言と合わせて考えると、我が国のレースにもある種の魅力があることを教えてくれる。日本のロードレースを巡る言説には、周回コースであることの問題が常に語られる。本場ヨーロッパのレースはラインレース、周回コースでは強くなれない、走り方を覚えられない、云々……。しかし開催中のジロでオールイス・アウラールが好成績を連発していたタイミングと重なっていたこともあり、タラマエの発言はいくぶんリップサービスであったとしても、日本のレースシーンを勇気づけるものであったと思う。

堺の夜に、ポッドキャスト #DailyTour のメインスポンサーである前田製菓の前田社長に招待いただき、クラフトビールを共にする。今夏の企画の話もしたけれど、印象に残ったのは本の話と川の話。言葉を大切にしている氏、そしてその会社と、ささやかでも同じ方向を見て仕事ができていることを嬉しく思う夜だった。旅の始まりとしてはこれ以上ない初日だったのではないだろうか。

宿に戻ってジロをつけると、ルーク・プラップが勝利していた。大会1週目のタイムトライアルでは落車し、ロードレースのステージでも後方でどうにも調子がよくなさそうだったプラップが勝った。長いステージレースには、いい時もあれば悪い時もある。

5月18日(日)

レースの会場となる堺市の大仙公園にやってくると、昨年のこの日のことが思い出された。ちょうど一年前、拙著「旅するツール・ド・フランス」の発売時期と重なったこともあり、ロードレースファンの方にいち早く手にとってもらおうと併催のイベント「Bicycle inn park」で先行販売をしたのだった。編集のSさんも東京からはるばる手伝いに来てくれた。この日は終日生憎の雨で、紙ものを売るにはなんとも向いていない一日だったのだけれど、それでも本を目当てにやってきてくれる方々がいて、胸が熱くなったことを思い出す。その後本はいろんな人や出来事との出会いを結んでくれたが、著者の手を離れて一冊の本という形に結実したものは、独立した人格のように存在するのだと知ったこの一年だった。今年は本がないので気が楽であるけれど、それ故にまた書きたいという気持ちも湧いてくるのだった。

昨日大阪に降り立ったときから感じていたが、とにかく暑い。今日は湿度と日差しも増してただ居るだけで消耗する。選手たちにとっても厳しいコンディションだと思われる。


2025年5月の大阪では、自転車レース会場であっても万博を感じることは難しくない

堺国際クリテリウムを見る。走っている選手たちがポジション取りをしながらいろいろ喋っているのが聞こえる。こういう光景はなかなか映像で見ても伝わらないのだが、眼の前で見ると100人近い選手たちがそれぞれに意図と意志を持って走っているのだという当然のことが実感される。映像で見ていると、集団というひとつの生き物があるだけのように見えて、なかなかその詳細にまで目が届かない。森を見て木を見ず、という感じ。

30秒間隔でスタートしていくタイムトライアルは忙しない。業務の関係上フィニッシュライン近くで選手の通過を見ていると、最後の伸びでだいたいどんなタイムかがわかる。速い選手はやっぱり目の前も速く走っていく(当たり前)。ノーマルバイクで走る選手たちのフォームも千差万別で、速い選手のフォームというのは完成されている。TTバイクでディスクホイールを装備した選手の通過音というのは独特な迫力があり、それがTTを観戦する魅力でもあるのだが、残念ながら日本国内ではそうしたレースをステージレースの中で味わえる機会というのは無い。海外ロードレースを観戦される方はTTステージがおすすめです。


TTを走る金子宗平。ナショナルチームのジャージでナショナルチャンピオンジャージというのは珍しい気がする。

終えてみると順当な選手が勝った。ショートTTはパワーに秀でるスプリンターに向いたものだろう。ドゥシャン・ラヨビッチはこれがシーズン10勝目だという。ポガチャルよりも勝っている。ワールドツアーからステップダウンした形だが、これだけの力があると、ワールドツアーへの復帰もそう遠くなさそうだ。すでに前週日本で3勝を飾っているが、ちょっと手のつけられない強さを見せている。

あとで熊野を走った選手に聞いたが、レースの大半で新城幸也が集団を牽引していたという。勝利の影には仕事がある。そして若い日本の選手にとって、新城の走りから学ぶところが多すぎるほどに多い。

レースが終わってからが、わたくしの仕事の時間。レポートをまとめ、フォトグラファーの撮ってきた写真を確認する。ステージレースの初日というのは、出場選手も完全に頭に入っていないし、いろいろ思い出さなくてはならないことが多く、大変だ。

初日のメディアチームの常宿は奈良。昨年も泊まったホテルのエントランスをくぐると、1年の早さを感じる。全部で6人のチームだが、この日は予定や都合が合った3人で夕食へ。いつもいくお蕎麦屋さんではなく、良さそうな中華料理屋へ初めて行く。扉の向こうは果たして、本格的に中国であって、雰囲気はいい。ちょっと変わった麺類が多く、麺類好きのわたしとしてはどれを選んだらいいかわからない。幸せなことだ。中国のレース撮影経験も豊富なS子さんがあれこれ教えてくれる。この人の見てきたものや経験してきたことで本を書いたら相当おもしろいものになるのではないかといつも思う。「SUPER DRY」のTシャツを着ているのもフランス帰りぽくてよい。わたしも次回訪仏の折には欲しいと思ってしまった。極度乾燥しなさい。


見た目は完璧であった

ところで、料理の味については語らない。語れることはというと、おそらく来年は違う店に行くであろうということだけだ。語り得ぬものについては沈黙せねばならないのかもしれないが、それでも食について人は黙っているということが、難しい。

釈然としないまま宿に戻ると、大変な事態になっていた。詳細は書くことができないけれど、生きた心地がしなかったのと、看護師の資格を持つS子さんの颯爽とした振る舞いを記しておくに留めたい。健康第一。最終的には大事に至らなかったけれど、ステージレースという常に移動を強いられる現場の大変さも同時に思う。旅はまだ始まったばかり。なんといっても、レースはまだ1日目なのであった。

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Tour of JapanのInstagram
※同僚の辻啓・S子さんの写真をアップしています

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