4年に一度のアジア大会が日本にやってきた。愛知県・新城市を舞台に行われた自転車ロード競技において、会場の司会進行・レースの実況という光栄な役割をいただいた。なかなかない貴重な体験、メモをしたためておく。

国際ロードレースでの会場MC・会場実況は初めての経験であった。国内のUCIレースの帯同はだいたい公式レポート書きとSNSの運用を担当しているので、喋るのは初めて。しかも国別対抗戦であるため、国内UCIレース帯同に伴う知見が活かせないこともないが、そもそもコンチネンタルチームに所属していない選手や国も多いため、やはり勝手が違う。女子の国際UCIレースは国内で開催されていないし……。事前の準備にはいつもより手間取った。
いつも私が実況をしている「本場ヨーロッパ」の実績や活動を中心に選手を紹介できればいいのだが、ワールドチーム・プロチームに所属している選手がとにかく少ないため、紹介の軸が掴みづらい。さらに女子選手に顕著だが、主な活動の場がトラックであったりすると、ロードの実績が少ないこともある。タイムトライアルは男女それぞれ20名弱、ロードレースは重複もあるがそれぞれ40名。レースでは何があるかわからないので、誰が勝っても・目立っても一言は言えるように事前に調べておく。結構大変。そして本番では半分以上は使われることのない調べ物である。
ただ大事なのは、使う使わないではなくて、こうした調べ物をしていくことで、選手やアジアのレースを結びつける補助線が増えていき、総合的な理解が深まることだ。今回こうした調べ物を通じて、ウズベキスタンではUCIレースが数多く開催されていること(タシュケント・シティチームのツール・ド・フランス・ファム出場のいざこざもこうした理由があったのだ)、ヴェトナムには全25ステージ(!!)のステージレースがあることとか、中国のコンチネンタルチームがヨーロッパを積極的に走っていることなど、アジアの自転車ロードレース事情の一端が垣間見えた。

国際レースのMCということで英語も喋るかもしれない、と聞いていたが今回は通訳さんがいらしていたのでその必要はなかった。しかし将来的には、ちゃんと必要最小限な英語を話せるだけのスキルは必要だろう。
Day1 個人タイムトライアル男女
試走で美しいフォームとスピードが目立っていたカザフスタンのリナタ・スルタノヴァが順当とも言える勝利。しかし中国のチャン・ハオも、自転車に乗ると大きく見えるタイプのダイナミックなライダーで、4秒差。素晴らしい走りだった。個人的に注目していたウズベキスタンのクスコヴァは、今シーズン中にヨーロッパチームを離れていて、何か事情を感じさせた。パワフルな走りであったが、TTバイクの乗り方にアジャストできていない印象。日本の小林あか里は美しいフォームで第1ウェーブでトップに立ったが、第2ウェーブの選手たちに純粋なパワーで後塵を拝したか。
男子はカザフスタンのルツェンコが圧巻の走り。前半から安定したフォームを見せた今村駿介と、しばらく数秒遅れで続いていたモンゴルのサイバヤルとの争いは熱かった。最終周回、明らかに勢いの鈍った今村に対して、ぐんぐんと勢いを増すサインバヤル。これは微妙な勝負になるかもしれない、と固唾を飲んだが、結果は2/100秒差で今村が上回った。この瞬間は実況していて声を荒げてしまったが、会場の雰囲気はどうだったのだろう。実況キャビンはステージ裏にあって、会場を直接見ることができなかったのが悔やまれる。決して多くは無かったであろう、会場で観戦されていた方たちの魂が震えた瞬間だったと信じたい。2/100秒は、ボトルの水を一回飲まなければ変わってしまうくらいの差だろう……。
表彰式で、日本の名をアナウンスできる幸せを噛み締めた。これで国歌が流れるようなことがあったら、どんな感情になるのだろう。

Day2 ロードレース女子
この日はチームプレゼンテーションから。出場する全選手が壇上で出走サインをし、観客にお披露目をするというもの。規模は違えど、気分はツール・ド・フランス。今夏もじっくり見たそのステージの真似をしたいところだが、なかなかそうはいかない。修練あるのみ。女子選手は壇上でにこやかで、コメントも優しいものが多い。温かい気持ちになる。

レースはある程度は予想通りに、逃げが生まれない展開となった。序盤は日本、そしてその後はカザフスタンやウズベキスタンが積極的にコントロールするが、どこも完全に掌握していないように見えた。香港のウィン・イーが周回コースを終えるタイミングで飛び出し、これを追ったリー(中国)とファリバ・ハシミ(アフガニスタン)の3人がそのまま下り区間に入り、レースの上位を占める形になった。小林も得意の下りで前を行く3名を追ったが、一瞬の躊躇が命取りになったとのちに語ったようだ。
表彰台で3位のウィン・イーは感極まって涙していた。2位のファリバに表彰台前で一番の歓声を送っていたのは姉のユルドゥスだった。2人は女性のスポーツを禁じるタリバン政権下からイタリアへ亡命してレース活動を選んだ過去がある。優勝したリー・グオを称えるために、表彰台前には中国のチームメイト2人が座っていた。特にこの日、グオの勝利の立役者として目覚ましいアシストを見せたハオ・チャンは4位。TTでは2位と活躍したが、自身が取れなかった表彰台を嫌うでもなく、チームメイトを称えるために清々しい表情で佇む凛とした様子が印象的だった。

Day3 ロードレース男子
雨模様の中でのレース。予想通りカザフスタン・ショーとなった。2人で40人近い集団を完璧にコントロールするという、離れ業であったがそれをしてなおも2位に入ったフェドロフは凄まじいとしか言いようがない。前回大会はルツェンコがフェドロフを勝たせたが、今回は逆となった。1周目から集団の先頭に立つフェドロフの姿があった。アレクサンドル・ヴィノクロフが退いた後のカザフスタンを牽引してきたルツェンコは、世界のトップシーンで走り続けるということがどんなことなのかを体現してみせた。
群馬グリフィンでのチームメイト時代もあった留目と金子のチームワークも傍目には良さそうに見えた。モンゴル勢も強く主張してくる中で、留目の位置取りは素晴らしかった。あの走りは、世界で揉まれたからこそと感じられた。単独3位になってからの粘りの走り。登坂での強さという持ち味も充分に発揮したレースになった。最終盤の登坂はモトカメラも来ていたからその表情がよく見えた。苦しい時間帯をよく耐えきったと思う。観ている人たちも固唾を飲んだのではないか。
カザフスタン国旗の中に、日本の国旗があることは、やはり少し誇らしい気持ちになる。この3日間、アジア大会という大きなレースを実況する機会をいただけたことに感謝したい。

実況を終えて
タイムトライアルは別府匠さん(今大会のスポーツディレクターでもある)、ロードレース男女は片山右京さんをそれぞれ解説にお迎えしての実況だった。お二人ともがレースを通して解説をするのが初めて、ということだったのだがどちらも深い見識や現場の話を交えて語ってくださるので有意義で楽しい時間であった。毎回思うのだが、識者に自分が聞きたいことを聞けるこの立場というのは本当に役得だ。

大会最終日の今日、嬉しかったことがある。ロードレース女子の実況時に前述のファリバ・ハシミの身の上話を紹介した。政治の話をこのスポーツの祭典の舞台ですることが果たして正しいことなのかの躊躇はあったが、配信のない会場に来ている人向けの実況であったので紹介したのだった。それを聴いていたボランティアの方が、今日の男子レースの応援に会場に来ていたハシミを見つけて、彼女を囲んで激励や感謝の言葉を伝えたのだという。人づてに聞いた話ではあるが、自分の言葉が、誰かに届いて、そしてアスリートにまで間接的に届いたことを嬉しく思い、また同時にそれだけの重みのある仕事だとも同時に思うのだった。
深刻になりすぎず、どこかに軽やかさを湛えつつも、誠実にこのスポーツに資する実況をしていきたい。今回のアジア大会は私にとって、忘れられないレースとなった。
その他
初日のタイムトライアルが男女の2レースあったこと、またレポートやセレモニーも数多く、一日を終えて脳のCPUを使い切ってしまった。完全に知恵熱でひどい頭痛がしたので、「何も考えずにボケーと楽しめるもの」を探して宿泊先の向かいにあった本屋で買ったのが「ちいかわ」の1巻だった。しかしですね……。気楽に読もうと思ったのに、なんなんだこのマンガ……。(たぶん2巻も買います)

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